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明日は高校の入学式だ。制服をクローゼットから出して準備をしていたら、窓ガラスに何かが当たった音がした。
これは大雅からの合図。お互いに話したいことがあるときは、窓が開いていれば声をかけるけれども、窓が閉まっているときは紙屑や小さくなった消しゴムを当てて気づかせるのが、小さい頃からの合図だった。
がらり、と窓を開けると眼鏡をかけた大雅の顔がひょこりと覗いた。
「香奈、お前明日何時に出る?」
「8時のバス。大雅は自転車?」
「いや、明日はバスで行く」
「おばさん来るの?」
「仕事だし、高校の入学式は流石にもう親は来ないっしょ。お前んちおばさん来るの?」
「ううん。一緒に行く?」
「うん、行こっかな」
お前一人じゃ無事辿り着けないだろうし、と大雅が呟く。なによ、と言うと方向音痴じゃん、と返された。
「なぁ、高校はさ」
「うん?」
「……目一杯楽しもう。俺は絶対彼女作るって決めてるから」
「は、何言ってんの? わたしだってすぐ彼氏作るから、大雅と学校行くのは明日だけになるかもよ」
「いきなり入学式から彼氏できるわけねぇだろ?」
「もののたとえだよ! 本気にしないでよ」
晴翔のことを忘れたわけじゃない。でも、不在を嘆いても何にもならないんだ、って三年かけてやっとわかった。
晴翔がいないことを物足りなく思い続けても、晴翔が帰ってくるわけじゃない。それなら、ちゃんと毎日のことに集中して、楽しく過ごそう。高校では晴翔のことをリセットして満喫しよう……中学の卒業式の夜に、大雅とそう誓ったんだ。
心許なさもあるけれども、新しい環境、新しい学校、新しいクラスメート……どんな高校生活が待っているのか、正直楽しみだった。
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