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自己紹介が終わると先生は翌日からの時間割や学校からの連絡、緊急連絡網などを各列に配り始めた。一番前から、自分の分を取って後ろの人に渡していく。
後ろの人に紙を渡すために振り返る晴翔の顔を、凝視する。晴翔、さっきはわたしの名前、よく聞こえなかったんだよね? 合いそうで合わなかった目。ほんの少し、コンマ一秒こちらを見たように感じたけれども、驚きも懐かしさも何もなくわたしの上を通り過ぎた淡々とした視線……。
上の空だった。周りが何か話しているのも耳に入らない。晴翔、ねぇ、お願い……気がついてよ、わたしだよ? 香奈だよ?
願うように晴翔を見ても、まるでわたしがここにいるからこちらを見ないのでは、と疑いたくなるほどだ。配布物が終わってからは、ずっと目線を紙に落としている。
「……ではホームルームはこれで終わり。配布した教科書は、明日使うのは置いてっていいぞ」
先生の言葉に我に返った。そうだ……帰りに大雅を捕まえて、晴翔に話しかけよう。
ガタガタと椅子が引きずられ、みんなが立ち上がる。出口に向かうクラスメイトたちに飲まれそうだ。晴翔に話しかけるのが先か、大雅を連れてくるのが先か、迷ってしまう。
「晴翔!」
目の前を通り過ぎようとする長い黒髪に声をかける。振り向こうとするのがスローモーションのように感じる。晴翔……たくさん、聞きたいことがあるんだよ?
「阿多、帰る前に職員室来い」
わたしのほうに振り向きかけた晴翔は、担任の志村先生の言葉に反対側に振り向くと、「はい」と返事した。
職員室に行くなら、大雅と一緒に待てばいい。大雅と二人で、晴翔が出てくるのを待って。そして……空白の三年間を埋めたい。
わたしは急いで教室を出ると、三組に向かった。
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