しげしの道 E.10月のクリスマス

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 7 . メロンの悲喜劇( お嬢様も登場 )  「 おいK、メロン全部、この形に切れ!」  Aが一方的に命令してきた。  Aは、わざと「できるか」と聞かず向こうへ。  Aが寄越した細長い三角形状のメロン片。  それは、ショートケーキの上に乗せる物。  丸いメロンを切り、すべて細長い三角形状にする。  そんなこと、ぼくにできるわけがない。  また、失敗させて怒鳴るつもりなのは間違いなし。  が、実は、ぼくは、メロンには、切り方以前の大問題が。  自慢ではないが、「化け物屋敷」と呼ばれた家で育ったぼく。  メロンは、異世界の存在だった。  丸ごとのメロンを触ったこと自体が人生初体験。  「 八百屋で木の箱に入ってたりもする高級果物   色は緑色っぽく、表面に複雑な筋があったりする 」  それが、当時の、ぼくの、メロンイメージのすべてだった。  もっとも、たった一度だけ、メロンを食べた記憶が。  小学校の時、好きだった女の子の家で。  が、それが、夢か現実かは不明。  が、スイカなら詳しかった。  母の実家で栽培、夏休みは食べ放題。  もちろん、何度も自分で切ったことがある。  表面の模様や大きさに多少の違いはある。  が、メロンもスイカも、同じ球体。  とりあえず、上から真っ二つに切断。  驚いた。  メロンの中央付近が、グシャグシャ。  「 あ~、これ腐ってる !」  思わず、大声で。   「 バカか、オマエは !  何言いがかりつけよんな。  ワシが選んだのに、腐っとるわけなかろうが!」  確かに。  これがスイカなら腐ってるのだが。  これだけ(?)は全面的にぼくが悪かった。  無知というのは、なんと恐ろしいことか。  「 オマエはメロンもよう切らんのか。  小学生でも切れらあ、日本の常識よ!  オマエ、ホンマに大学生か、大学で何を習よんな!?」  『 メロン切り学 』とかは習ってませんヨ~ダ。  クリスマスが接近。  バイトが3人増員、しかも全員女子大生。  工場正社員中、ただ一人の独身A。  待ちに待った日がやってきたのである。  しかも、Aがその女子大生の一人に一目惚れ。  悲劇と言うべきか、喜劇と言うべきか。  その子は、J学院に通う、お嬢様女子大生。  管理栄養学専攻、趣味はケーキ作り。  「 父にバイト禁止されてるけど、内緒で来ちゃいました。  だって、Zのケーキが大好きだから 」  だってさ。  「 Y子ちゃ~ん、悪いけど、メロン全部この形に切ってくれる?」  ぼくには、「 おいK」。  他の女の子は名字呼び。  彼女にだけ、「 Y子ちゃん 」。   しかも、メロン切りを彼女には初日に。  ぼくには、バイト初日から2ヶ月以上経ってだったのに。  あまりに露骨過ぎ、下心ミエミエ。  「恥知らず」はこの男のためにある言葉?   「 はい、わかりました 」  と、お嬢様、元気よく返事。  え、切り方を聞かずにできるわけ !?  お嬢様、上下余分な部分を切断、その後、すばやく8等分に。  見事な手つきで、一列に並べなおす。  ム、ム、できるなこの女。  だが、やはりそこまで。  渡されたサンプルをじっとみながら、  「 わからない ~ 」  と、小声でつぶやく。  ナント、Aがすっ飛んできた。  「 ゴメン、ゴメン、ぼくが悪かった、切り方を教えるの忘れてた 」  は~あ !?  そこは、  「 メロンもよう切らんのか、小学生でも切れらあ、日本の常識よ!  オマエ、ホンマに大学生か、大学で何を習よんな!?」  じゃないのかよ!  オレはAの背後から跳び蹴りをかましてやった。  もちろん、心の中でだが。  Aはわざわざ新しいメロンをもう一つ持ってきた。  そして、まず、メロンを、まな板の上で回転させた。  ( 絶対切るのに必要ない、見せたいだけのパフォーマンス!)  次の瞬間、スパ、スパ、スパ、スパ ……  上下の余分な部分を切断、さらに8等分し一列に並べる  それらを、それぞれ微妙な角度をつけ切断していく。  結果的に、すべてを、ほぼ同じ厚さ、同じ形に。  捨てる部分を、ひとかけらも残らず!  そして、ファンタスティック・ラストシーン。  包丁でまな板を軽くポンとたたく。  メロン片がペタ、ペタ、ペタ、ペタ ……  美しい残像を残しながら倒れていった。   ( よっ、メロン切りの魔術師!)  「 スゴイ、Aさん、天才、芸術的!」  うけまくるお嬢様。  「 コツがわかれば簡単だよ、Y子ちゃんならすぐできるさ 」  とか言いつつ、お嬢様の背後に。  「 あ、この時、包丁を少しずつ傾けないとだめなんだ。  そう、角度を変えて、ネ、こんな風に」   お嬢様の手を上から握りしめ、絵に書いたようなセクハラ指導。  純情な(?)お嬢様、顔が真っ赤、恥知らずAになされるがまま。  妻子持ち正社員B・CはAの応援団と化していた。  パワハラ・バイオレンス工場長は ?  いつもの厳しさは何処に、Aのセクハラ指導を目撃も放置。  というより、暖かい目で見守ってる感じ?  なぜ?  どうして?  恐怖のZケーキ工場!  (  8 . こんなことまでやってたぞ、Zケーキ工場 に続く )
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