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「わかりました。故人の方が生前お好きだったお花などございましたか?」 「桜、桜が好きだったな」  毎年春になると、一般客に紛れ込んで清住会は花見をしていた。周りの群衆も酒を飲み、気分が高揚して騒いでいる。そんな中では暴力団もただの一般客と変わらなかった。誰も清住会であるとは気付かない。縛られた世界の中だけで生きている極道者が唯一羽を伸ばせる機会だった。 「桜はいいな。俺たちみたいな道を外れた奴らにも夢を見せてくれる」  川島は風に吹かれてハラハラと落ちる花びらを観ながら、安い焼酎を口に少しずつ運んでいた。日頃は厳しい表情の多い川島も、花見の時だけは笑顔が溢れていた。 「ちょうどよかった。今四季桜という冬にも咲く桜が入ってきてるんです。それを使って作りますね」  店員は早速、献花用の花束を作り始めた。その手先は器用なものだったが、微弱な震えを見せていた。
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