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 朝目覚めると、いつもであれば新聞配達の仕事に向かっているはずの父が窓の外を上の空で見つめていた。外にはゆらりと雪の華が舞い降りている。その年初めての降雪だった。父はその小さな白い塵を一心に見つめていた。 「おはよう」  悠太の声に父は言葉を返さなかった。悠太もそれ以上言葉を続けることはなかった。不審に思いながらも父と会話を交わす機会が少なかった悠太は気にせず廊下に出て、棚に入っている魚肉ソーセージを口に含んだ。  足裏から背筋を凍らせるような冷気を感じる。これから本格的な冬を迎えるというのに家にはストーブもない。借金を返すだけで手いっぱいの家庭にはそんな便利な道具などある訳がない。 「雪が降ってるぞ」  父は消え入りそうな声で言った。廊下から父の姿を確認するとその声は窓に向けて発せられていた。 「そうだね」  悠太は抑揚なく返し、茶の間にある箪笥からコンビニの制服を取り出した。 「仕事に行くのか?」 「ああ」  寒空の中でも元気に鳴くカラスの声が部屋の中に届いていた。それ以外に音はない。悠太と父の声にカラスが交わるこの部屋は環境として外にいることと同等に思えた。
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