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「じゃあ、行ってくるよ」 「ああ、気をつけてな」  家を出るまで悠太は父の顔を見なかった。痩せて小さくなった餓鬼のような背中に扉が閉まる瞬間まで視線を向けていた。  その日は夜間帯のバイトが急病で休んだ旨を聞き、いつも夕方の五時に終わる仕事を九時まで行った。家に帰ったところで騒々しい父の鼾を聞きながら布団に篭るしかない。バイトが来ないことは悠太にとって良い知らせであった。 「端場くん、今日は助かったよ。これ少ないけどもらってよ」  店長が差し出したのは薄い茶封筒だった。そこに残業分の賃金が入っているのかと思ったが、それとは別に店長が気持ちで悠太に手渡したものだった。 「いや、受け取れませんよ。残業代だけで結構ですから」 「いやいや、そう言わずにさ」  店長は悠太の手に茶封筒を無理やり握らせた。仕方なく悠太はそれを受け取り、頭を下げた。  茶封筒の中には五千円札が一枚入っていた。気持ちという割には金額が高い。悠太は驚きを隠せなかった。
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