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 湿気の溜まったテーブルの上に弁当を置こうとしたとき、何かに手がぶつかった。驚いた悠太は慌てて豆電球に手を伸ばす。オレンジ色の暖かい光が部屋を包んだ瞬間に小さな真新しいラジオが目に入った。その横には日焼けして変色したメモ用紙。父の汚い蚯蚓のような筆跡が残っていた。  すまない。  たったそれだけの文字で悠太は父が借金を残して逃げたことを察した。新しいラジオを置き土産にして。  不思議と父に対する怒りは湧かなかった。むしろ、蒸発してくれたことで父を気遣う生活が終わりを告げ、一人で自由に生きていく道ができたと楽観的に物事を捉えていた。生活が大きく変わる訳じゃない。悠太は自分の稼ぎを全て父に預けていた。きっとそこから借金を返済していたはずである。  父の収入は知らなかったが、稼いでいないことはわかっていた。今まで父が悠太の金を使って返済していたものを自分が変わらず清算していくだけ。大きな変化など、何もなかった。
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