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 アパートから工場までは徒歩で三十分ほどかかる。父が蒸発した二年前はこの時期に初雪を観測していた。今年はまだ雪が降っていない。降る気配すらなかった。  だが冷えた空気は首元や手を突き刺すように襲ってくる。悠太は両手を擦り合わせながら工場までの道のりを歩いた。途中見慣れた小道を眺める。しばらく先に見える喫茶店には仄かな明かりがついていた。  事務所のドアを開け、清掃員が使用している休憩室へ向かう。ドアの窓からは煌々とした明かりが漏れていた。 「あら端場さん。今日外寒かったでしょ?」  パートの香川陽子(かがわようこ)が炬燵に入って煎餅を頬張りながら問いかける。テレビには貫禄のある女性歌手が真っ赤なドレスを身に纏って出演しており、懐かしい歌謡曲を綺麗に歌い上げていた。まだ年末までは一ヶ月以上残っているというのに、どこか年の瀬を思わせる番組内容だった。
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