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「お願いします。どうか連れていってください」  女はまた深く頭を下げた。通りを過ぎていく人たちの目線が二人に向けられている。残念ながら悠太はこの状況を打開する知恵を持ち合わせていなかった。本当にこのまま現場から逃げるしかないとも思ったが、長い一本道が続くこの通りを見ると、その気はすぐに消え失せた。 「頭を上げてください。なんで僕の家に行かなければならないのですか」  静かに発したその声が届いていないのか、女は頭を垂れたまま微動だにしない。このままでは埒が明かない。悠太はこの状況を打開できない自分の不甲斐なさにため息をついた。 「わかりました。ついてきてください」  悠太は通りを歩き始めた。後ろを振り返りもせずに。女の足音はほとんど聞こえてはこない。だが、悠太の背後にはじっとりとした湿りのあるオーラが確かに張り付いていた。
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