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 工場内に入り、製造ラインにいる社員に挨拶をした後、用具箱からモップを取り出して床の清掃を行う。広い工場内を清掃するのは悠太と陽子の二人だけ。半年ほど前まで他に三人の従業員がいたのだが、仕事が合わなかったのか立て続けに辞めていった。  遅れて工場内に入ってきた陽子はいつものようにでっぷりとした腹を揺らしながら掃除を開始し、すぐにゼイゼイと息を荒げる。そして大した範囲も綺麗にできていないのに、モップに体を預けて露骨に休み始める。その姿はまるで岩場で微睡むトドのようだ。 戦力としては非常に心細い。実質この工場の大部分を清掃しているのは悠太だ。それでも陽子と悠太の給料は全く変わらない。  しかし悠太はそれに対しての不満はなかった。陽子がいなければこの工場を一人で清掃しなければならない。仕事が遅くとも陽子がいてくれるおかげで、時間内に清掃を終える算段がつく。悠太は不甲斐ない陽子を頼りにしていた。  モップがけを終えると、悠太は溜まりに溜まっているゴミをまとめた。陽子はまだ工場内をナメクジのような遅さで掃除している。その姿を横目に悠太は目の前にある仕事を黙々とこなしていく。  いつものように慌ただしく仕事をしているとあっという間に終業時間が訪れた。今の清掃班には場をまとめるリーダー格がいないため、工場長が終礼をかける。その間も陽子は浅く息を切らして、気怠そうに話を聞いていた。悠太にとってはこれがいつもの見慣れた光景。平穏に過ぎゆく朝の流れである。
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