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「小説、書いてみようかな」
そう思ったのは、疲れたおっさんたちの煮凝りみたいな終電の中。
窓に貼られた広告で「webから書籍化! 即重版出来!」の文字を見たからだ。
正直その頃の俺は「出来」の読み方も知らなかったけど、なんだか景気のいい話なのだということはわかった。
要するに、この世のどこかにうまいこと儲けてる奴がいる。
俺が「学歴とコネだけ立派で無能な上司(嫁は元モデル)」に頭を下げてる間に。
――反射的にイラっとして、その勢いで小説投稿サイトとやらを開いてみた。
するとそこにはたくさんのあらすじが――のちにそれはあらすじではなくタイトルだったと判明するのだが――表示されていた。適当なものをいくつか選んで、開く。
どれも一文が短く、疲れた頭でもさらさらと読めた。と同時に思った。
あれ、これなら俺にも書けるんじゃね?
どうせ無名の人間の書くものだ。ろくに読まれもしないだろう。だったら勢いだけで好き勝手に書いてやれ。
俺は肩書だけエリートな上司のすかした顔を思い浮かべながら、元モデルだという嫁を寝取る話を書いてやった。
どろどろの恋愛はなんだかんだ人間の本能に訴えるものだろう。少なくともうちの母ちゃんは専用チャンネルでそんなのばっかり観てる。
嫁は俺の子供を産んで死ぬ。上司はそうとは知らずにその子供を大会社の跡取りとして大事に育てる。ざまあみろだ。
それまで漫画も小説もろくに読んではこなかった俺だが、暗い妄想を吐き出す作業は思いのほか楽しく、気が付くと朝になっていた。
スマホから投稿して自分のページに反映されると、思わず「おお」と声が出る。俺は満足し、出社までのわずかな時間でも眠るべく目を閉じた。
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