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いつも無能上司に押し付けられた仕事で残業しがちな俺ではあったが、その日は一番最後まで仕事をしたり、仕事をするふりをしたりで残った。
今日に限って残業をしている連中が多くいらいらしたが、やっとひとりになったところで俺はスマホからクラウドに上げてあった原稿を呼び出した。複合機にIDをかざし、プリントする。
自分の書いた物語が、ちゃんと印刷された文字になって出てくるというのが、なんともいえずわくわくした。もちろん会社で書類を作ってはいるが、そんなものとは愛しさが違う。
「おお……」
思わず漏れ出た声が暗いオフィスに響いたときだった。
「なにしてる」
上司の声が心地よい静けさを台無しにしたのは。
◇◇◇
上司はつかつかとオフィスを横切って、俺に近づいてくる。
「それはなんだ?」
「あ、いえ」
突然のことに俺の心臓はばくばくと跳ね、とっさに言葉が出ない。もっとも、出たところで「ロリを育てる小説です(自作)」と言えるわけもなかったが。
おれの様子に、上司は不快さを露わにした。
「私用か?」
今にも「よこせ」と言われそうで――俺は、プリントアウトした用紙を胸に抱くと、上司を突き飛ばし駆け出していた。
「待て!」
上司の声が追いかけてくる。
「くそ!」
エレベーターは通過したばかりだ。
俺は廊下を突っ切り、階段に向かう。三段飛ばしで駆け下りる途中、足がもつれた。
ああ。これ死ぬやつだな。下まで、だいぶあるもんな。
階段なんて何年も使ったことはなかった。
そもそも体を動かすのが得意じゃなかった。
いや、得意なものなんて、なにもなかった。
努力も嫌いだった。
どうせこの世は、太い実家に生まれついた奴しか楽しめないようにできているからだ。
頑張るなんて無駄でしかないから。
でも、書くことは楽しかった。
たとえご都合主義の主人公モテモテ不倫ものであっても。
きっと書き始めよりは技術だって上がってるはずなんだ。だってあんなに毎日毎日夢中で書いた。
階段を転がり落ちながら、俺は強く、強く思っていた。
せめてこの話、わかってくれる誰かに読んでもらいたかったなあ。
それはもう、強く。強く。
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