復讐の炎(1)震える夜

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復讐の炎(1)震える夜

 いつからだろう。いつもお客さんの注文の声と元気のいい両親の声が響いていた店内が、暗く、人気も無く、静かになったのは。  美味しいと言ってくれるお客さんに、得意そうな、嬉しそうな笑顔を返していたはずの母の顔は恐怖と絶望に歪み、誇りに満ちていた父は、頭を床にこすりつけるようにして謝るばかりだ。  いつからだろう。優しかった近所のおばあさんや仲のいい友達が、ボクを見てコソコソと何かを言ったり、嘲笑うようになったり、はやし立てて虐めるようになったのは。 「すみません、すみません、すみません」 「謝られてもねえ、神崎さん」  会社員みたいな恰好をしているのに、中身は怖い感じの人が言うと、父はまた謝った。 「すみません、すみません」  誰が見てもチンピラとわかるような2人が、代わりに凄む。 「返すもん返してくれって言ってんだよ。あんただって息子に言ってんだろ?借りたもんは返せって」 「返さないでネコババするようなのは、泥棒って言うんだよ、ぼく」  そう言いながら、嫌な笑みを浮かべて、ボクの頭をグリグリとなでる。  それに母親が悲鳴を上げて、 「息子は、息子には手を出さないで、お願いします!」 と土下座すると、彼らはバカにしたように笑った。 「人聞きの悪い」 「暴力なんて振るってませんよ、奥さん」 「しかし困りましたねえ。2千万、返してもらわないと。こちらも慈善事業をしているわけではないんですから。  店の権利書だけでは足りないなあ」 「奥さん、パートに出るか?ちょっと年はいってるけど、店を選べば何とか、ねえ」 「お父さんは、出稼ぎかな」 「じゃあボクは、人助けしようか。腎臓が悪くて困ってる人、可愛そうだろう?」  父も母も、悲鳴を上げてボクを隠すように抱きしめて、泣き出した。 「この子だけは!お願いします!この子だけは!」  いつからだろう。ボク達家族が、笑い方を忘れてしまったのは。  電気もガスも止まった。最後の水道も止まった。  閉店した食堂に親子3人で肩を寄せ合って1枚の毛布をかぶり、寒さをしのいでいた。  なけなしの50円でもやしを買って来て、公園の水で洗い、分け合って食べた。  一人息子の令音(れいね)は、去年の今日はクリスマスイブで、店が終わってから3人でクリスマスケーキを食べ、トランプをして遊んだなあ、と思い出していた。  今年とはかなり違う。  ずっとそういう楽しい日々が続くと思っていたのに。 「今日はクリスマスだな」  父が、久しぶりに弱々しいが笑顔を浮かべた。 「きれいねえ」  灯りがないのでろうそくを使っている。近所の墓地からこっそりと貰って来たものだ。  そのろうそくの火が、ペットボトルに乱反射していた。確かにきれいではある。  しかし令音は、頭上のロープが気になって仕方がなかった。輪っかが3つ、ブラブラとぶら下がっている。 「今年はこっちから、神様に会いに行こうか」 「お誕生日おめでとうって言おうね、令音」  父と母は、泣き笑いの顔になりながら、令音を立たせる。 「お父さん、お母さん。ボク」 「一緒に神様のところに行こう、令音」 「神様と一緒にご馳走を食べよう、令音」  8歳の令音も流石にわかる。これは、無理心中だと。  両親を、怖いと思った。 「やめようよ。神様なんて知らない。お父さんとお母さんがいればいい」  しかし、体を掴む手は強く、逃げ出す事ができない。 「ごめんな、ごめんな」 「すぐに逝くからね。ごめんね」  令音はパニックになった。  抱き上げられ、床の上でゆらゆらと揺れるろうそくと、それが作り出す影が見える。  そして、目の前が真っ赤になった。
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