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爆ぜる魔術士(1)プライベートタイム
あまねとヒロムが廊下を歩いていると、知り合いが2人を見つけて走って来た。同じ庶務課の青木だ。
「いいところで会った!合コン、人数が2人足りなくて困ってるんだよ。相手は交通課のお嬢さんたちで美人揃い!人数が揃えばOKって事なんだよ。貴重なチャンスだろ?」
両手を合わせてウインクしてくるのに、ヒロムがガッツポーズをする。
「チャンスを逃すわけにはいかねえよな、うん、いかねえ。
あまねも行こうぜ、たまには!」
「人数が集まらないとキャンセルって言われちゃってさあ。頼む!」
青木に拝まれ、ヒロムに逃げられないように腕をとられ、あまねは苦笑した。
「しょうがないなあ。わかった。どうせ夕飯も食べないといけないし、いいよ」
それで2人は大喜びし、あまねを引きずる勢いで、会場へ向かった。
若い男女が適当にくっついて盛り上がっている。
そこからそっと外れて、あまねはカウンターに座った。
「好みの子はいないのか?」
がっしりとした体格のマフィアのように怖い顔と雰囲気を持った店主が、ボディビルの雑誌を開きながら言う。
このダイニングバー『オクトパス』は会社の近くにあり、あまねもヒロムもよく来る店だし、来るのは大抵近所の公務員だ。味も量も申し分が無い。
店主は見た目こそ怖いが、お菓子づくりと裁縫が得意な元公安部員で、ボディビルの雑誌も表紙だけで、中はスウィーツの本である。
「僕は単なる人数合わせだし。それに、こんなに地味で目立たないパッとしないのは、ね」
苦笑するあまねにグレープフルーツジュースを出してやりながら、店主はサングラスで隠したつぶらな瞳をすがめた。
あまねは確かに、地味で目立たなくて大人しい。だが、何をやらせてもそつなくこなす優秀な人材だと店主も聞いているし、顔も整っている。
自信を持てば、地味ではなくなるだろうし、目立たないという事もないだろうと思う。
だが、目立たないというのは、公安部員としては武器だ――まあ、6係である以上は関係ないが。
「お前は何でそんなに自信がないんだ?」
気になっていたので、訊いてみた。
「だって、取り得ってないですからねえ、僕。よくオールラウンダーって言われますけど、何かでトップになれるほどのものがない中途半端な人間って事ですし。モテた事もないし、昔から目立たない子供だったんですよね」
「まあ、お前の家族と比べたらなあ」
あまねの父は囲碁の歴史に名前が残るほどの棋士で、母は世界的ピアニストだし、兄はランキング1位のプロテニスプレイヤーだ。そして3人共、ファンも多く、注目されている。その陰にかすむのはまあ当然とも言える。
しかし家族達は、あまねの自信の無さに反し、あまねを自慢していたりするし、特に母と兄はあまねに甘い。
それをあまねは「身びいきは恥ずかしい」とか言って、家に寄りつかない原因になっていた。
「難しいな」
店主が短く嘆息すると、あまねも、嘆息した。
「ええ、まったく」
実は「難しい」と思う内容が違っているのだが、それに気付いていない。
楽し気な笑い声をBGMに店主が首を緩く振った時、表で発砲音と悲鳴がした。
それであまねの表情が引き締まり、スツールを立つと、ドアの方へ足早に近付き、外を窺った。
「あまね?」
ヒロムがあまねの背後にピタリとつく。
フラフラとした足取りで、30前後の男が、魔杖を同じ年くらいの女性に向けていた。そしてその女性の背後にあったガラスのショーウインドウが割れ、その向こうのマネキン人形が燃えていた。
「ヘヘ、フヘヘヘヘ、ヒャハハハハ!!」
男は涎を垂らしながら、笑い出した。
「薬でもやってんのか?」
「にしても、取り押さえないと危ない」
あまねとヒロムは外に滑り出た。そして、各々魔銃杖を出す。
本来なら武器を持ち歩くのは銃刀法違反であり、警察官といえど、制服警官以外は職務中ですら銃の携行は許可が下りないとできない。
しかし魔術係は、いつも魔銃杖を携行する事が許可されていた。
男は笑い声を上げながら、震える女性に杖を向ける。
「や、やめて、嫌、殴らないで」
「これは愛してるからだって言ってるだろう?なのに何で逃げるんだよ?燃えろぉ。お仕置きだぁ」
あまねがその前方に回り込み、男の放つ火の魔術を打ち消すような魔術をぶつける。
「ああ?」
キョトンとした男が、杖をあまねに向ける。
「何してやがるんだ、こら!」
ヒロムがその男に接近し、腕を跳ね上げて杖を飛ばし、男を路面に叩き伏せた。
「ガアア!離せえ!」
こめかみの血管が浮き、尋常でないほど顔色が赤くなる。
「俺、は、魔術が、使え、る。これで、俺、は、何でも、でき――」
あまねが叫ぶ。
「離れろ、ヒロム!」
それにヒロムは躊躇なく従って跳んで離れる。
あまねが男の周囲を風でカーテンのように囲うのと、男の頭部が爆ぜ割れるのとは、ほとんど同時だった。
悲鳴と怒号が沸き起こる。
「な、なんだぁ?」
「わからない。でも、とにかく連絡だ。
それと確実に、これから仕事だな」
あまねが言いながらスマホを取り出し、ヒロムはがっくりと肩を落とした。
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