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「ええ? 清宮くん? あの『学園のマドンナ』の?」
「……なに? 学園のマドンナって……」
呆れたように雲雀が笑っている。
学校からの帰り、雲雀の部屋に来ていた。家が隣同士だから、先におれの家に寄って、その後雲雀の家にお邪魔するのがいつもの流れだ。
雲雀は着替えながら、今日告白してきた人を教えてくれた。本当はこういう話は当人たちだけのもので、おれが聞いちゃいけないことだ。でも、つい最近、雲雀に振られた人が雲雀の家に来て、たまたま留守番中だったおれに「雲雀くんの恋人です」って嘘をついて部屋に入ってきた事があってからは教えてもらうようになった。防犯上の理由だ。でも、話を聞いてみると雲雀は毎日のように誰かに告白されていて、最初はびっくりした。
「清宮くんは『学園のマドンナ』なんだって。あと、この前の秋澤くんは『バスケ部の恋多き姫』。有馬くんは『図書館の妖精』。信濃さんは『清女の王子様』だって優介くんが言ってた」
「……優介って、そういうの好きだよな」
雲雀はなぜか半笑いだ。面白いのになぁ。おれみたいに地味だと、そんなふうに呼ばれないから羨ましい。
ちなみに、うちは男子校なので姫もマドンナも妖精もみんな男の子だ。王子様は近くの女子校の女の子だ。
「あの……そ、それで……?」
「ん? なに?」
「告白されたんでしょ? ……どうするのかなって」
自分で聞いておいて、心臓がきゅうっと締め付けられる。いつものことなのに、この瞬間だけはいつまで経っても慣れない。
「ああ、それな」
雲雀が着替えを終えて、クローゼットをパタンと閉じる。雲雀のベッドの上で、知らないうちにおれはぎゅっとクッションを抱きしめていた。答えを待つ数秒が、やけに長く感じて苦しい。だけど雲雀が隣に座って、優しく微笑んでくれた。
「断ったよ」
「! ……ほ、ほんとに……?」
「安心した?」
「うん! ……あ、……う、うん……」
思わず頷いてしまったけれど、告白して、振られた人の気持ちを思えば、そんなことしちゃいけなかった。雲雀はかっこいいだけじゃない。それ以上にとても優しくていいやつだ。だから、振られた人はきっと、これからも雲雀を嫌いにはなれないだろう。好きな人が同じくらい自分のことを好きじゃないのは悲しくて寂しいはずだ。傷ついた人がいるのに、安心してしまうなんて、おれはなんて嫌なやつなんだろう。雲雀にもそう思われたかもしれない。
落ち込んで俯いていると、雲雀が肩を抱き寄せて、頭を撫でてくれた。ぐるぐると悩んでいたことが溶けて、ふわふわになった頭を、雲雀の肩にこてんと乗せる。
「今日も親遅いんだろ? 夕飯食べていく?」
「……うん」
今はおれに向けられている雲雀の笑顔も優しさも、いつか誰かのものになっちゃうのかな。恋人ができたからといって、雲雀はおれや友達を蔑ろにしないと思うけど、大事な人が増えたら、一緒にいられる時間は減ってしまう。仕方のないことだけど、少しだけ寂しい。
でも、そんな日が来ても、ちゃんと笑って、応援しなきゃ。
こっそり心に誓いを立てて、おれは雲雀に笑顔を向けた。
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