3、唯

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3、唯

「東浦さん、社員で頑張っていく気はない?」 誰もいなくなった事務所で、所長が突然唯に言った。 唯はパソコンから目を離し、所長の方を向いた。 「ごめんなさいね、突然。最近やっぱりもう一人社員さんが欲しいかなと思ってきてね。関口さんはお子さんが来年受験だから忙しそうだし、この事務所ももう少し大きくしたいの。私が外に出ている間、フォローしてくれる社員さんがほしいのよね。」 所長はそう言って、にっこり笑った。この税理士事務所で働いて3年。アルバイトとしてフルタイムで頑張ってきた唯にとって、こんな嬉しい話はない。他の社員さんよりも長い時間働き、雑用から決算処理など重要な仕事もこなしていた。やっと来た正社員への話に思わず口が緩んだ。 「え・・私なんかでいいんですか?」 唯は少し顔を赤らめながら言った。 所長はにっこり笑って、 「もちろん。あなたが、一番勉強家なのは私は知ってるのよ。」 と少し前のめりになって言った。 「そんな・・。先輩方に比べたらまだまだです。」 唯は謙遜して手を横に振った。 「そんな事ないわ。きっとあなたならできる。どうかな?」 所長は再度唯に問いかけた。 唯は、目を泳がせながら、 「私も今よりも社員で頑張りたいです。」 と言った。 所長はパンっと手をたたいて、 「よかった!じゃあ決まりね。来月から社員契約しましょう。社員になれば今より給与が上がるし賞与もあるわ。今より休みは取りにくくなるかもしれないけど、頑張ってね。」 と立ち上がって言った。唯も思わず立ち上がって、 「はい!ありがとうございます。ご指導のほどよろしくお願いします。」 と深々と礼をして言った。 (3年間一生懸命働いてきてよかった。) 唯の努力が報われた日だった。唯は残りの仕事をさっと終わらし、もう一度所長にお礼を言って家路へと急いだ。 帰り道に一軒の洋菓子屋があるのだが、普通の店よりも少し高めで、唯はいつもその洋菓子屋を横目で見るだけだった。 (今日くらいは・・いいよね。自分へのご褒美だ。) 唯は、ずっと入りたかった店に入りショーケースを見た。イチゴのショートケーキにモンブラン。チーズケーキにガトーショコラ。他にもタルトや季節のフルーツを使ったケーキが並んでいた。 「ご注文お決まりでしたらどうぞ。」 品の良い女性が静かに唯に声をかけた。 「ええっと・・。」 (こんなにあったら選べないわ。) 唯はしばらく悩んだ後、1本のロールケーキに気付いた。 (1本2000円かぁ。でもこれで陽とわけれる。それに余ったら明日も食べれるよね。) 「このロールケーキください。」 唯は、本当はフルーツがたくさんのった700円のフルーツタルトにしたかったが、割安なロールケーキを選んだ。 「ありがとうございました。」 唯はロールケーキを受け取ると、少し後悔した。 (陽の事なんか気にせず自分のほしいものを買ったらよかったのに・・。どうして私はいつも陽中心なんだろう。) そう思いながらも今日は特別な気がして考えるのをやめた。 (社員になったらお金に余裕ができるのだから好きなものが買えるわ。) そう思い、ロールケーキを大事に抱えながら帰った。 (これで少しは楽になる。やっと自分のお金ができる。) そう思いながら陽が待っている家路に着いた。
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