4、陽(ヨウ)

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4、陽(ヨウ)

「ただいまー。」 唯はいつもよりも明るくドアを開け大きく声を上げた。 さっき買ったばかりのロールケーキを大事に抱え返事のないリビングに進む。 「ドン、バンッ」 テレビから銃声の音やヘリコプターの音が聞こえた。 (また、仕事行かなかったのか) 唯は陽が朝と同じ格好で整えられていない髪の毛を見て確信した。 「ケーキ買ってきたけど食べる?」 帰ってきたことをわかっていない様子だったので唯は大きく声を上げた。 「あぁ、ちょっと待って!これ倒したら行くから!」 陽がめんどくさそうに返事をする。 (いつもの事よ) そう思いながら唯は先に手を洗い着替えることにした。 洗面所で手を丁寧に洗いながら目の前の鏡を見た。 (化粧ノリが悪いな・・クマがひどい・・。) 陽と一緒に暮らすようになってから2年。 唯は、あまり自分の時間もなくなり、日々疲れていた。最初は、家事にも協力してくれたしお金もきちんと入れてくれていた。しかし、陽はしばらくすると仕事を辞め、アルバイトのような現場仕事になってからは、ほとんど家にいて段々と家に入れるお金も減っていった。今では、たまに野菜や日用品を買ってきてくれるだけの現物支給となった。それも、ごくたまにでパチンコ屋の景品なのだろうかと思う。一度真剣に問いただし、これ以上同棲を続けられないと涙ながらに訴えたが、逆に責められ、号泣された。 「辛いのは僕だって同じなんだ。でも、僕はやりたい事があるんだ。中途半端な仕事はできない。必ず唯を楽にするから支えてほしい。僕は唯しかいないんだ。お願いだ。どうしてわかってくれないの。僕は唯を愛してるんだ。」 こんな内容だったと思う。35歳を過ぎてバツイチの子供も出来ない体の女にこんな8つも下の男が自分を必要としてくれている。もう少し支えて世間でいう「アゲマン」になってみてはどうだろうか。その時は固くそう決意した。 それからは、あまり深くは聞かず陽の事を献身的に支えた。 しかし、1年以上たって現状は変わっていない。むしろひどくなった気もする。仕事も休みがちで家にいてもゲームばかりしている。 その事を問いただしても、 「唯はeスポーツって知らないの?僕はスポーツ競技をしてるんだ。これでうまくいけば億だって夢じゃないんだから。」 とゲームはスポーツだと言われた。その眼差しがあまりにも真剣だったのでそれ以上は言えなかった。 しかし、自分はフルタイムで家賃や食費全てを支払っているのに家事一つしない。仕事をしながらの両立は本当にしんどかったし、唯が忙しそうにしている間ゲームをしている陽の姿を見ると精神的にきつかった。 (もう限界かもしれない。) 唯はそう思ったが、所長の言葉を思い出し、今日はあまり考えるのをやめよう、いい日なんだから。とそう言い聞かせた。 「唯!これってシャントルメのケーキじゃない?!僕一回食べてみたかったんだよー。ありがとう。」 リビングに戻った唯に陽は抱きついた。 (こういう所はかわいいんだけど・・) 唯はハニカミながら、 「よかった。ロールケーキだから明日も食べれるよ。」 と言うと、陽は眉間に皺をよせ、ハッとした表情となり、 「はぁ?!ロールケーキ?!ここはタルトが有名なんだよ!知らないの?!なんだぁ。てっきりタルトかと思った。ロールケーキなんてコンビニでも売ってるのにー。なんか唯らしいなぁ。」 とため息をついて唯に言った。唯はぼーぜんと立ちすくして、 (せっかく買ってきたのに・・。唯らしいって何?) と思った。さすがに我慢できずに、 「じゃあ食べなくていいよ。私食べるから。」 と言い放ってロールケーキの箱を台所に持って行った。陽はパタパタと追いかけてきて、また唯を後ろから抱きしめた。そして、 「うそうそ!もう、唯はすぐ怒るんだからぁ。ロールケーキでもいいよ。食べよ食べよ。」 と耳元でささやいた。「ロールケーキでも」という言葉にまた腹が立ちそうだったが、今日はこれ以上争いたくない気分だった。唯が迷っていると、陽は唯に顔を近づけて、そっとキスをした。 「ありがとうね。」 (あぁ、もうずるいなぁ。) 唯は結局何も言えず、唇をかんで陽とのキスをかみしめた。 「わかったよ。座ってて。」 唯はそう言って陽を座らせた。 「はーい。その前に手洗ってくるねー。」 陽は子供のように無邪気に洗面所に向かっていった。 (まぁ、いいか。) なんだか悩んでいた事がどうでもよくなり唯はそう思いケーキとコーヒーの準備をした。
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