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6、沙羅
「俺が悪いの?」
(あぁ、まただ・・。)
沙羅は顔を上げて真守(マモル)を見た。
「ていうかさ、そんな所に普通割れもんとか置く?そんなに大事ならさ、自分の部屋に置いときゃいいじゃん。ほんとお前って頭悪いよな。そんなんで責められる俺の身にもなってくれよ。」
真守はそう言ってリビングを出て行った。沙羅は割れてしまったアロマの瓶を手でそっと開い始めた。
「旦那さん、きっと自律神経が悪いのよ。この香りをかいだらすごく心が落ち着くの。においもきつくないし、リビングに置いてみるといいわよ。」
昔から沙羅の事を親身になって考えてくれる母のような存在の女性が、そう言ってプレゼントしてくれたガラスのアロマポットだった。
(淡いブルーで見た目にも綺麗だったのに・・。きっと高かったんだろうなこれ・・。)
沙羅は、拾いながら真守への怒りがふつふつとわいてきた。今日置いたばかりで、ここなら大丈夫と思った所だった。何かにぶつからない限り落ちることはない。安全な場所のはずだった。それなのに真守は歩きスマホをしながらリビングを歩き、その上サイドボードに勢いよくぶつかり、このアロマポットだけでなく、本や写真立ても落とした。真守は、
「いってぇなぁ。くそっ。」
とドンっとサイドボードを蹴った。沙羅は、「あぁっ!」と声を上げ台所から慌てて出ていきアロマポットに手を伸ばした。
「大事なものだったのに・・。ひどい。」
沙羅がそういうと、真守は謝るでもなく、さきほどのふてぶてしい態度で罵倒しリビングから出て行ったのである。
「俺が悪いの?」
その言葉が沙羅を苦しめた。
(いつも、いつもそう。あなたが悪い事なんてひとつもない。いつも私のせい。誰かのせい。謝ったこと等一度もない。)
沙羅は片付けながら悔しくて涙がでそうだったが、
(泣くな。あんな男のために泣くな。)
と自分に言い聞かせた。
(泣いたらまた余計に罵倒される。泣いたらだめだ。)
そう言いながら、なんとか目から涙が落ちるのを我慢した。
「先、ご飯食べるわ。まだ?」
真守は、着替えもせずカッターシャツのまま、またリビングに入ってきて椅子にドカッと偉そうに座った。沙羅は、さっと片づけをすまし、割れたアロマポットを両手に持って台所に戻った。
「破片とか落ちてないだろうな。後で掃除機かけといてくれよ。」
そう言いながら真守はスマホを触り始めた。
(我慢・・我慢・・もっと低い場所に私も置くべきだったのよ。仕方ないわ。)
そう思って、夕飯をきれいに盛り付けて食卓に運んだ。
真守は、スマホから目を離さず持ってきた夕飯にも気づかないようだった。
(置く場所も違ったら怒られる。)
沙羅はそう思い、真守の少し離れた横に置いた。自分も夕飯を持ってきて、真守の前に座ると真守はやっと気づいたようで横目で自分の夕飯を見た。
「おっ、今日はグラタンじゃん。うまそっ。」
沙羅はほっとした。真守の機嫌が悪い日は何をしても怒られる。今日もその日なのかなと思ったけれど、違ったようで沙羅は胸をなでおろした。
「今日は、何してたの?」
いただきますも言わず真守は、フーフーとグラタンを冷ましながらいつものように沙羅の行動を聞いた。
「今日は、大学病院にいつもの薬をもらいに。あとは買い物行って掃除して、いつも通りよ。」
沙羅は、淡々と答えた。
「ふーん。」
真守は、グラタンを頬張りながら感情のない返事をした。
(興味ないなら毎日聞くなよ。この束縛男。)
沙羅は毎日出来事を聞かれるので、一度、逆に「今日はどんな一日だった?」と聞いてみたら、「仕事に決まってんだろうが。馬鹿か。」と罵られた。自分はよくて他人はダメ。それが真守の基本だった。
しかし、今日は持病の心臓病で大学病院に言ったので、具合はどうだとかくらい聞いてほしかった。出会ったときは、この病気の事も本当に親身になって考えてくれた。
(いつからだろう、こんな風になったのは。やはり浮気をしてからなのだろうか。)
沙羅は、グラタンを食べながら考えていた。すると真守が、食べながらスマホをいじりだし、スマホを立ててYouTubeを見始めた。静かだった食卓が一気に騒がしくなる。
(うるさい。)
真守は自分の方にスマホを向けているので、何をみているのかわからないが、ガチャガチャとうるさい動画だった。
「うわっはっはっは。マジうける、こいつやばい。」
真守は食べながら一人で盛り上がっていた。いつもこんな夕食だった。沙羅は静かに、真守は騒がしく夕食を食べていた。沙羅はいつも夕食は苦痛で食べた気がしなかった。そしていつも駆け込むように食べる。
「ごちそうさまでした。」
YouTubeを見ながらニタニタした真守がチラッと沙羅の方を見て、
「お前、ほんっと早食いだよな。早食いは体に悪いんだぞ。持病あるなら気をつけろよ。」
と沙羅に言い放った。沙羅は何も言わず、食べた皿を持って台所に向かった。そしてまた、さっきの問題を考え始めた。
(いつからだろう。私たちの歯車が狂ったのは。)
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