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イヴの歓迎会から1ヶ月が過ぎた。
イヴがいることに皆も慣れてきて、老若男女からの熱い視線は変わらずだが、平穏な日々が流れていた。
昼食を食べて、さて午後の業務だという時間に、ふとイヴの仕草が気になった。見れば、しきりに前髪を気にしている。横に流したり、上にかき上げたり、耳にかけようとしてみたり。しかしどれもしっくりこないらしく、キーボードを叩いては前髪を触る、という仕草を繰り返していた。よく見れば、ここに来たときよりもだいぶ髪が伸びていた。短く刈り揃えていた襟足もジャケットの襟が隠れそうなくらい伸びている。
「イヴ」と呼びかけて、思い出す。確か、退職した社員が残していったものの中に、ヘアピンがあったはずだ。立ち上がって、備品入れの棚の一番下の引き出しを開ける。そこは、捨てるか捨てないのか判断つかない雑多なものがしまい込まれているところだ。その中から、スワロフスキーの花の形の飾りがついたヘアピンを見つけた。さっそく席に戻ると、イヴに声をかける。
「イヴ」
「はい」
「前髪が気になるんだろ? とりあえずこれで留めておけ」
そう言ってヘアピンを手渡す。イヴは不思議なものを見るように手の中のヘアピンを見つめてから、前髪をたばねて右側へ寄せ、眉山の上あたりにヘアピンを差し込んで固定した。それから首を少し左右に振って前髪が落ちてこないのを確かめると、
「こうですか?」
「そうそう」
「ありがとうございます。ちょっと邪魔だなって思ってたので助かりました」
こちらを向いたイヴの黒い前髪に、キラキラしたスワロフスキーの花がアクセントを添えて、なんだか可愛らしくなってしまった。それが可笑しくて思わず笑う。
すぐにイヴがぼくを睨み付け、
「なんですか人の顔見て笑うとか。カナタが留めろって言うから留めたのに、ひどいですよ」
と文句をつけてきた。
「いや、悪い悪い。なんだか思っていたより似合うな、と思って」
「似合いますか?」
イヴが目を丸くして訊いてくる。
「うん。似合ってるよ」
素直に答えると、イヴは照れたように笑って、
「ありがとうございます。似合ってるならいいんです」
とヘアピンを指で撫でた。
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