◆出会い◆

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碌に仕事にならないまま退勤時間を迎える。 今日はこのままイヴの歓迎会の会場になっているバルへ皆で直接移動する。見回すと、それぞれ仲が良い者たちが2、3人くらいづつグループになり、ぱらぱらと移動をし始めている。よし、ぼくもイヴをエスコートしてバルへ向かうか。 隣のイヴを見ると、イヴもちょうど顔を上げたところで、ばったりと目が合う。漆黒の瞳が、ぼくを映して揺れている。 「あ…、イヴ。歓迎会の場所は行ったことがないだろ? 一緒に行こう」 一日イヴを目で追っていたことがバレてしまったような気持ちになり動揺するが、すぐに持ち直し、イヴに同行を提案する。イヴはぼくの動揺には気づかず 「はい。よろしくお願いします」 と答えると、視線をデスクに移動させパソコンの電源を落としてからまたぼくを見て、1回瞬きをした。 「じゃあ行こうか」 自分もパソコンの電源を落とすと、デスクに立てかけていた鞄を手に取って立ち上がった。イヴもそれに合わせて立ち上がる。そしてデスクの一番下の引き出しから小さなショルダーバッグを取り出して体に斜めにかけ、「はい」と返事をした。 今日使うバルは、会社の入っているビルから6分ほど歩いたところにある。少し小道に入るが、それほどわかりづらい場所でもない。うちの会社の仲間は、ランチなんかでも使っているし、ぼくも利用することがあるような店だ。 「イヴは、ランチタイムはどう過ごしているの?」 新人との何気ない雑談のつもりで話をふる。 「そうですね…。まだ仕事に慣れていないので、必要な情報を収集しています」 だけどイヴの返事を聞いてすぐ後悔した。そうだった。イヴはアンドロイドだ。食事の必要はないのだろうか? だけど仮にそうだとして、休憩くらい取らないと、それはそれでオーバーワークではないか? 「仕事熱心なのは上司として嬉しいけど、休憩するのも仕事のうちだよ。イヴの能力の高さは皆知っているんだし、最初から飛ばし過ぎないようにしないと」 気づかれないよう話題をシフトするが、これも失敗している気がする。イヴを見ると、クスリ、と笑ってから 「そうですね。頭が熱を持ち始めたら休憩するようにしてみます」 と答えてくれた。 「頭が熱を持つまでって。それもうオーバーワークだから」 ぼくも笑いながら返す。 「私、一度集中すると寝食を忘れてしまう方なので」 笑顔で答えるイヴ。そうしているとまるっきり人間に見える。 というか、イヴに寝食は必要なのか? 嗚呼、もう一度イヴの開発発表の記事を読み返しておけばよかった。イヴがどこまで人間に近いのか、実際のところ見た目や話し方からでは全くわからない。 それに、今こうして話していると、職場での冷たい雰囲気が全然感じられず、むしろ居心地の良さすらある。それは多分、イヴの少年のような声や見目に加えて、この無邪気な笑顔のおかげなのだろう。今日の歓迎会で皆がイヴのこの笑顔を知ったら、今まで以上に熱い視線を送る者が増えるんだろうな。
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