◆出会い◆

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そしてその予感は的中した。 歓迎会という名の飲み会の席で、改めて自己紹介的な挨拶を求められたイヴは、その天使の微笑みを惜しみなく皆に降り注いだ。 「生まれて初めての仕事なので、つい集中しすぎてしまい、ひとりの世界に入りがちですが、気にせず話しかけてくれると喜びます」 終始笑顔で、ジョークを挟みながら歓迎への感謝を述べ、締めくくりにクシャッとコケティッシュな笑顔を見せたイヴの挨拶に、社員一同、盛大な拍手と茶化すかけ声で答えていた。そして手にしたグラスをイヴが上に掲げると、社長の「乾杯!」の合図と共に皆一斉にイヴの近くへと移動し始めた。次々グラスを寄せられ、そのたび自分のグラスを持ち上げチン、と鳴らして笑顔で答えるイヴ。少しづつ場がばらけだして雑談のざわめきが広がる頃には、社長が職権濫用とばかりにイヴの隣の席に陣取っていた。 皆の勢いに押されてイヴと乾杯すらできなかったぼくは、イヴと話すチャンスを今か今かと窺いながら、同じテーブルの仲間たちと雑談していた。 ターキーとマッシュルームのピザが運ばれてきたタイミングで、店員がぼくと隣の席の間に入ってきた。 「お待たせいたしましたー」 「ありがとうございます、今スペース作りますね」 テーブルの上の食器を仲間が片付けている隙に立ち上がり、いったん廊下へと出る。酔っ払って無礼講状態の会場を見回してイヴの姿を探すと、ひと際大きな笑い声がするテーブルでワイングラスを傾けるイヴを見つけた。空いたグラスに新たにワインを注がれ笑顔でお礼を言っているイヴを見て、ホッとすると同時に少し空虚な気分になる。イヴが来てから一週間、ぼく以外誰ひとりとしてイヴと雑談しようとしなかったのに、イヴが少し隙を見せただけでコレだ。まったく現金なものだ。それでも、今日まではイヴの見目だけに惹かれて視線を送っていた仲間たちが、こうしてイヴを囲んで談笑しているところを見られたのは嬉しい。これで週明けからは、今まであったイヴに話しかけるためのハードルもなくなっているだろう。 とりあえず安心したのでその場をそっと離れ、お手洗いに行き、それから外の空気を少し吸って店内に戻ると、ぼくと同期のハヤトがイヴの肩を親し気に抱いて笑っているのが目に飛び込んできた。 一見すればすっかり打ち解けた仲間同士だが、ハヤトと近くなり過ぎるのはいけない。咄嗟にそう感じた。 ハヤトは、新商品開発部の部長だ。同期の中でも頭が切れる上に人懐っこい性格というのもあり、男女問わず人気のある人物だ。ぼくとは出世の早さがほぼ同じという関係で、いいライバルとしてお互い刺激を与え合う仲でもある。社内ではそんなハヤトを射止めようとチャンスを狙っている女性も何人もいるという噂のある男だ。 そんなハヤトだが、そのときのイヴを見るハヤトの目に、一瞬邪心が垣間見えた気がして、ぼくは急いでその輪へと入っていった。
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