花は、食べられない

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花は、食べられない

「食べられる花と、食べられない花、どっちが欲しい?」  路地裏を通り抜けようとした時、道屋杏は知らない老人に話しかけられた。  お婆さんなのかお爺さんなのか分からない老人は丸椅子に座り、小さなテーブルの上に花の種を置き杏を見上げる。  気味が悪いと思い無視して通り過ぎようとすると、ドスの効いた声で「待ちな!!」と言われ驚き思わず立ち止まる。  老人は杏に顔をぐっと近づけ目を見開き再度問う。 「食べられる花と、食べられない花、どっちが欲しい?」  見開かれた目からは恐怖を感じ欲しくはなかったが食べられる花と答えた。 「食べられる花だね。お代はいらないよ」て言い種を袋に入れ差し出す。 「毎度あり。ちゃんと育てるんだよ」  そう言う声は先程と違い穏やかなものだった。  足早にその場を立ち去り帰宅する。  家に帰り同居人の彼女に先程あった事を説明すると「何それ!面白い体験じゃん!良いなぁー」  彼女は羨ましそうに言う。彼女は好奇心旺盛で奇妙な話などが大好きである。 「この種、気味悪いからあげる」  杏が彼女に種を渡すと無邪気な子供のように「どんな風に育つのかなー?ファンタジーの世界に出てくるような丸い形でギザギザの歯みたいなのがあるやつかなー?」と言い使わずベランダに置きっ放しの鉢植えを取り出し種を植え水をやる。  しばらくすると芽が出て蕾が咲いた。 「あとどのぐらいかなー?」楽しそうに見つめる彼女に対し杏は黙ったまま彼女を見つめた。 そんな様子を近所の人達は変な人を見るかのように見ている。 一ヶ月後、ようやく花が咲いた。その花弁は赤いワインのような色をしていた。 「何か毒々しいー」彼女はくすくすと笑い花弁をつんつんした。  食べられる花と言う言葉をふと思い出したが、どうみても普通の花で美味しそうではない。  食べずにそのまま育て続けると花の内側に綺麗な赤い小さな実が出来た。  彼女は食べてみようかと言ったが杏はその実に毒がないかなどが心配で止めようとした、が一足遅く彼女は食べてしまった。  彼女が噛み飲み込んでなんともないと安心しきった次の瞬間……ーー  杏はドクンドクンと心臓が強く脈打つのを感じ視界が真っ白になるのを感じた。 その視界には半透明になった彼女が居る、彼女がだんだん近づき最後に杏とぴったり重なった。  あの出来事以降、杏は二重人格が治りもう一人の自分ーー彼女との同居は終わり再びあの路地裏を歩いていた。 「あ!」  老人を見つけ近寄り挨拶をする。 「こんにちは!あなたがくれた花。その実をもう一人の私が食べちゃったけど、おかげで二重人格治ったんです!」  杏が頭を下げると老人は「そうかい」とぼそっと言い手をだらんとさせゆらし追い払う仕草をする。 杏はもう一度頭を下げその場を離れた。  老人はつぶやく。 「あの花は失敗作だったか。まさか二重人格だなんてね……。片方の心を食べられただけか」
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