化学室

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化学室

 匠は職員室に戻ろうとしたが、やはり化学室の方が落ち着くので化学室で明日の授業の準備をしていた。 「おや、松雪先生ここにおられましたか」  このすべてを包み込むような優しい声は、 「潮先生、どうしたんですか?」  疑問符の付け方が甘いため、攻撃的に聞こえる。  だが匠にそんなつもりがないことは源藏も知っていた。 「担任はどうかね、」  匠が教師になりたいと思ったのは高校生の時だが、それ以前から教師になりたいと思っていた。  そのきっかけは匠の祖母だった。  匠の祖母は高校の教師だった。優しい態度で誰に対しても同じように接し、してはいけないことをすると慈愛を持って叱る。  そんな理想的な教師だった。  匠はそんな祖父に憧れた。  源藏は匠の祖母と同じ学校で働いていた。  源藏と匠は祖母を通じて交流が深かった。  だから匠を源藏は気にかけたのだ。  その源藏が「松雪先生」ではなく「匠」と呼んだ。 「・・・・・・。俺。やっぱりだめかも」  いつも以上に弱々しい声。 「生徒に心を開けない。他の先生方に心を開けない。俺・・・・・・」  どんどん匠の顔が暗くなっていく。 「匠、君はよくやっとる。君のおばあさんと同じように」 「でも、俺・・・・・・生徒と関わろうとすればするほど、胸が苦しくなって、吐き気もしてくる。目の前が真っ白になりそうになる・・・・・・」  誰にも救ってもらえなかった匠の心の叫び。  誰にも癒やしてもらえなかった匠の心の傷。  それが今、涙として匠からあふれている。 「大丈夫。大丈夫」  源藏はゆっくりと匠の元へ歩き、そっと頭をなでた。 「君のその呪いは確実に解けていっている。君を見ればわかる。人間の中で誰よりも君のことを知っている私がそう断言できるんだ。君なら彼らと上手くやっていける」  源藏の言葉はいつものように優しかった。  だがいつも以上に心強かった。  匠の涙は止めどなく流れ続けていた。
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