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「おーい、美恋。 美恋ってば」
「・・・あ、は、はい!」
夢中になり過ぎて気付かなかったが、いつの間にかライブは終わっていたようだ。 アンコールも終わり、爽やかで気持ちのいい汗をかいている夏稀が目の前に立っていた。
「水をくれ」
「あ、あぁ、ごめん! どうぞ」
「もしかして俺に見惚れていたな?」
「なッ、そんなわけないでしょ!」
確かに見惚れていた。 だがそのようなことは口が裂けても言えない。
「つかさ、どうして美恋はそんなにカリカリしてんの? 可愛い顔が台無しだぜ?」
「その理由は夏稀が一番分かっているんじゃない?」
「何、俺が騙したと思ってんの? 確かに仕事量は多くて大変だろうけど、簡単な作業には変わりないじゃん。 それに給料がよくて毎日美味いもんを食えて、俺とずっと一緒にいられる。 損はねぇだろ?」
「・・・」
―――確かに損はない。
―――毎日美味しいものを食べられて、どんなに世話係が大変だったとしても夏稀の笑顔を見れば疲れはすぐに吹っ飛ぶ。
―――・・・だけど、それを認めたら負けた気がするから言えない。
それが美恋の本心だった。 悔しく思いそっぽを向いていると、顎を掴まれ無理矢理正面を向かされる。
「ほら、笑って」
イケメンに見つめられれば自然と頬の辺りの熱が上がっていってしまった。
「ははッ、美恋の顔真っ赤。 可愛過ぎ」
「ッ・・・!」
「怒った顔も可愛いけど、俺は笑ってほしいな。 ・・・俺は世話係が美恋で、よかったと思っているよ」
低い声で呟かれたその言葉に胸が鳴る。 このまま素直になってもいいのではないか。 そう思った時だった。
「夏稀ー! 衣装から着替えてー!」
マネージャーから声がかかった。 夏稀はゆっくりと手を下ろす。
「了解ー。 美恋、これを俺のバッグの中に入れておいてくれ。 全て俺の私物なんだ」
そう言って身に付けていた複数のブレスレットを渡してきた。 どれも大きくとても重い。 『分かった』と返事をすると夏稀は衣装部屋へと行ってしまった。 美恋は一人先に楽屋へ戻る。
―――見つめられて緊張した・・・。
―――あのまま声をかけられず、流されていたらどうなっていたんだろう?
―――考えるだけでも恥ずかしい・・・。
―――夏稀のバッグは・・・?
―――あ、あれか。
黒でラメが付いている派手なバッグ。 開けてブレスレットを中に入れた、その時だった。
「・・・ん?」
あるものを発見する。 それはバッグの中に剥き出しで入っていた一枚の大きな用紙だった。 それを見た瞬間、言葉を失った。
「・・・何、これ・・・」
その紙には美恋の個人情報が全て手書きで書かれていた。 いわゆる履歴書に近いのだが、履歴書を書いたことがなく本物を見たことがないため美恋には分からない。
唯一どうしても気になったのが“IT社長の娘”という文字に何重もの〇が付けられていたことだ。
―――私が社長の娘だなんて一言も言っていない。
―――それに私が通った学校までも、これには書いてある。
―――一体どうして・・・?
疑問に思うも既に答えは出ていた。 用紙を見て呆然としていると夏稀が楽屋へ入ってくる。
「美恋ー。 さっき渡した中に青いブレスレットがあるだろ? それ衣装の一つだったわ。 ・・・って、どうした?」
美恋の異変に気付いたようだ。 美恋は顔を上げ夏稀のことを睨み付ける。 それを見た夏稀は美恋の手元にある用紙へと視線を移した。
「夏稀! 何よこれ!?」
「・・・」
夏稀は何も答えなかった。 美恋は怒って立ち上がる。
「夏稀も他のみんなと一緒だったんだ!? どうせ私を世話係として選んだのは、有名なIT社長の娘だったからでしょ!? 信じられない! 夏稀のことを少しでも信じた私が馬鹿だった!」
夏稀に用紙を押し付け美恋は走って楽屋を後にした。 悲しくて自然と涙が出てくる。 その理由がようやく今分かった。
―――・・・私、いつの間にか夏稀のことを本気で好いていたんだ。
―――だから今こんなに悲しいんだ。
―――夏稀は他の人とは違って変に気遣ったりせず、普通に接してくれた。
―――そのような存在は、夏稀が初めてだったから・・・ッ!
走り続けていた美恋はいつの間にか外へと出ていた。
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