飾らない仕事

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勢いのまま飛び出してきたが、流石に信号が赤では止まらざるを得ない。 周りが騒がしく、見渡してみるとたくさんの女性がホールを囲っていた。 ―――そう言えば『出待ちがあるから』って、ライブの帰りは一緒に帰れないんだよね。 ―――最初は私が公に出てスクープにならないよう、守るためにしてくれていたんだと思っていたけど・・・。 ―――今思えばあれは、社長の娘と近くにいることがバレたくないからそうしていたの? 考えれば考える程マイナスな思考になっていく。 信号が青になり渡ろうとした、その時だった。 「おい」 「え?」 腕をグイと引かれ何かを被せられる。 それは季節外れのネックウォーマーだった。 「ここだと目立つ、来い」 「ッ、嫌! 私はもう戻らない!」 迎えにきたのは夏稀だった。 追いかけてくれて嬉しいと思う反面、やはり素直になれない自分がいる。 夏稀はまだ着替えていないのか、衣装の上からロングコートを羽織ってサングラスをかけていた。 ネックウォーマーは顔を隠すために被せてくれたのだろう。 男の力に適うはずがなく美恋は引きずられるように引っ張られていく。 「ねぇ、あの女の人誰? もしかして彼女?」 「さぁ? でも首からネームプレートをかけているし、関係者とかじゃない?」 周りから痛い視線を向けられるが、構わず夏稀は美恋の腕を引っ張っていく。 そしてホールの裏口に入ると腕を解放した。 サングラスを外した夏稀は言う。 「きっと美恋は何かを誤解してる。 一人で解決する前に引っかかっていることを話せ。 正直に答えるから」 「・・・夏稀は私がIT社長の娘だと知って近付いたの?」 「いや? 美恋が社長の娘だと知ったのは、美恋を世話係に採用した後日だ」 「じゃあ私の個人情報が書いてあったあの用紙は何!?」 「・・・あれはマネージャーからもらったものだよ。 美恋に言ったら不安にさせると思って言わなかったけど、美恋を採用すると決めたその日にマネージャーから猛反対を食らったんだ」 「・・・え?」 初耳だった。 マネージャーとは一応連携を取っているが、親しくはしていない。 「『危険な人だったらどうするんだ?』って散々言われた。 でも俺は美恋のことを信じていたから『そんなに不審に思うなら、アイツのことを調べ上げればいい』って返したんだ。  そしたらあの用紙が返ってきた」 「なら、どうして“IT社長の娘”っていうところだけ強調されていたの?」 「大物社長の娘と一緒にいることがバレたら騒ぎになる。 だから美恋は止めた方がいいって念を押された。 だけど断固としてそれを拒否したら、向こうが折れてくれたっていうわけ」 「そういうことだったの・・・。 ごめんなさい、夏稀が折角私を守ってくれたのに」 「いや、勝手に美恋の個人情報を調べ上げた俺たちが悪い。 でも美恋は危険な奴ではないことが分かって、みんな受け入れてくれたから」 「うん・・・」 「俺からも聞いていいか?」 「何?」 「さっき俺に言った言葉。 『夏稀も他のみんなと一緒だったんだ!? どうせ私を世話係として選んだのは、有名なIT社長の娘だったからでしょ!?』ってどういう意味?」 「それは・・・。 私が社長の娘だからって、下心を持って近付いてくる人が多いから。 だから夏稀もそうだったのかなって・・・」 「あー、なるほどな。 なら聞くけど、俺はお前のことを特別扱いしていたか? 変に気を遣ったり、ひいきしたりしてたか?」 美恋は首を横に振った。 「・・・してない。 ファンのみんなには優しく接していい顔をするくせに、私にばかり意地悪する」 「それが俺の答えだよ。 お前を拾った理由は、頑張り屋で仕事熱心な女性だと思ったから。 まぁ実際、俺の目に狂いはなかったけどな?」 「ッ・・・」 「本音を言うと、お前が社長の娘であろうがなかろうが関係ないんだよ。 確かに社長の娘も凄い肩書きだけど、国内トップアイドルの俺の方がより凄い。   たかが社長の娘っていうだけで、俺の前では粋がるなっていう話」 確かにそうだと思った。 社長なのは父であり、目の前にいるナツキは自身の力でトップアイドルの座を射止めた人間だ。 「で、お前の本音は? 俺はこれからも変わらない態度で接するけど、この仕事を続けるかどうかはお前次第だ。 無理強いはしない。   実際俺は変わらなくても、俺に関係している人たちはお前が社長の娘だって分かっているからな。 だから変に気遣ったりはすると思う。 それがお前は嫌なんだろ?」 「私がここに残るっていう選択肢は?」 「お前が残りたいと思うなら残れ。 俺は歓迎する」 「ッ・・・! 夏稀!」 「うおッ!?」 美恋は夏稀に抱き着いた。 流石に夏稀も混乱しているようだ。 「夏稀、ありがとう! 社長の娘っていう肩書きを気にせず、私にありのままに接してくれたのは夏稀が初めてだった。 そういう人が一人でもいてくれたらそれでいい、私は十分。  これからも夏稀の傍で頑張るから。 夏稀大好き!」 そう言うと夏稀は美恋の頭にポンと手を置いて、呟くように言った。 「・・・俺の傍にこれだけいるっていうのに、好きになるのが遅ぇよ」                              -END-
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