飾らない仕事

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飾らない仕事

「本番30分前でーす! そろそろスタンバイをお願いしまーす」 広い楽屋に担当の出番を呼びに来たスタッフの声が響き渡る。 美恋(ミレン)は鏡の前で未だに身支度を試行錯誤している夏稀(ナツキ)に呼びかけた。  入りの前はラフな私服だったが、今はもう華やかな衣装で着飾っている。 「夏稀! そろそろステージ裏へ向かうよ!」 「待てって、そんなに急かすなよ。 つか一人じゃできないし、手伝ってくんねぇ?」 「何? まだやってるの?」 「こんなにあちこちにファーがあったら動きにくいんだわ。 何とかしろ」 美恋は夏稀のもとへ向かう。 夏稀は人気男性ソロアイドルで美恋は彼の世話係としてここにいる。 マネージャーではなく、あくまで夏稀の身の回りの雑務をこなす下っ端の中の下っ端。  白いタキシードに身を包んでいる夏稀は、腕周りに付いている大きなファーに苦戦してるようだ。 「リハーサルで大丈夫って確認したんじゃないの?」 「リハーサルではファーが小さくて目立たないっていうから、急遽大きいものに変わったんだよ。 つか世話係なのに俺に生意気な口を利くな」 美恋がこの仕事に就いたのはつい最近だ。 元々知り合いだったわけではなく、ちょっとした事情と縁でここにいる。 夏稀は26歳と少し年上で立場的にも上だが、どちらかと言えば友達のように接していた。 「生意気で悪かったわね!」 「本当、この俺に生意気な口を利けるのはお前だけだぞ。 そもそも、お前はどうしてここにいるんだっけ?」 「・・・」 ニヤリと笑いながらされた質問に言い返すことができなかった。 「途方に暮れていたお前を俺が拾ったからだろ」 「あぁもう、分かったから! ほらできた! さっさとステージへ行くよ!」 約一ヶ月前までは夏稀はスーパーアイドルとして遠い存在だった。 それが途端に距離が縮まった。 ファンの前ではキラキラとした綺麗な笑顔を振りまいていたが、実際はただのドSで横暴な性格。  と、美恋は思っている。 「よしッ、いっちょやってくるか」 夏稀は気合を入れるとステージ上へ進んでいく。 ここから二時間は単独ライブ。 気持ちよく送り出すのも美恋の仕事の内だ。 「みーんなー! 今日も俺に会いにきてくれてありがとなー!」 「「「キャー!!」」」 黄色い声援が聞こえてくる。 夏稀は仕事のオンオフの切替が上手く、すぐにスーパーアイドルの顔となった。 ―――本当、その切り替えの早さだけは尊敬する。 ―――というか、私はこの仕事をやりたくてここにいるわけじゃない! ―――勝手に私をこの世界へ連れてきたのは夏稀でしょ!? ―――なのにどうしてこんなに毎日忙しく働いて、夏稀にグチグチ言われないといけないのよ・・・! ライブ中にポケットの中の携帯が震える。 慌ててステージから離れ静かな場所まで移動した。 電話の相手は父だった。 「もしもし? お父さん?」 『おぉ、美恋か? どうだ、アパレルの仕事の方は?』 「あ、あぁ、うん。 上手くやってるよ」 父には転職したことをまだ伝えていない。 ただバレるのも時間の問題と思っている。  『ならよかった。 連絡もないし毎日心配なんだ』 「ごめんね、ここ最近忙しくて。 お父さんはお仕事どう?」 『つい先日、大きな会社との合併が決まってね。 これからもっと伸びていきそうだよ』 「そうなんだ、凄いね!」 電話しながらモニターに映し出されているステージ上の映像を見ていると、夏稀がいないことに気付いた。 「あ、お父さんごめん! 呼ばれたから仕事に戻るね!」 慌てて電話を切りステージ裏へと戻る。 すると既に衣装替えを済ませていた夏稀が仁王立ちで立っていた。  先程の純白な印象とは違い水色の衣装でとても爽やかだが、表情はそれに反して真っ赤になっている。 「美恋、どこへ行っていたんだよ」 「ご、ごめん! はい水!」 「ったく。 本番くらい俺から目を離すなよな」 ミネラルウォーターを受け取った夏稀はグイと飲み干した。 「あ、何か食べ物もいる?」 「いらねぇ。 そんな時間はない、もう次が始まる」 「あ、そっか・・・」 ペットボトルを返すと夏稀はステージへ向かって歩き出した。 「いよいよ後半戦だ! 美恋、今度こそ俺を見ていろよ。 最ッ高の景色を見させてやるからさ」 キラリと輝くような笑顔を美恋に見せるとステージ上へ進んでいった。 ファンに見せる王子様スマイルに思わず鼓動が高鳴った。 ―――何、それ・・・。 ―――不意打ちはズルいって。 ―――というかそんなことされても、私の機嫌は直らないから! そう思っていても後半のステージは夏稀から目を離せなくなっていた。
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