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やたらエリート面した男の言葉に、孝明はショックを受けた。
それは、自分の事をヒモ以外と卑下されたからでは無く、彼女が自分に本社勤務の話を言わなかった事が本当にショックだったのだ。
(なんでだよ! なんで俺に、何も言わないんだよ!!)
孝明は心の中でそう叫び
(お前が俺の夢を応援しているように、俺だってお前の夢を応援しているのに!)
と、叫び出しそうな程に悲しかった。
そんな時、ふと目に入ったショーウィンドウに映る情けない自分の姿に打ちひしがられた。
舞台の良い役は、チケットが捌ける奴に回ってくる。
孝明は彼女のお陰で、いつも出番の多い役が回って来た。
最初こそ抵抗があったものの……、いつしか麻痺して当たり前になっていたのかもしれない……。
孝明はそう考え、握り拳を握り締めた。
孝明は、やっかんで
「彼女のお陰で良い役を貰えてる」
と言う奴等を、芝居で黙らせて来たと自負していた。
(あいつが俺の為にしてくれている分、俺もそれ以上に頑張って来たんだ!)
孝明は、そう心の中で叫んでいた。
だけど……実際はどうだ?
他の劇団から出演依頼の声は掛かるが、メディアに取り上げられる訳でも無く。
傍から見たら「定職にも就かず、芝居なんかにうつつを抜かす馬鹿な男」に見えるのだろう。
親からも
「いい加減、役者ごっこは止めて真面目に働きなさい」
と言われてしまう程度の役者だ。
だけど……あいつは、あいつだけは俺をそんな風に思っていないと信じていた。
でも、夢だった本社勤務を俺に言い出せないって事は、あいつも結局、俺を世間の奴等と同じように見ていたんだと……そう突き付けられた気分だった。
目の前が真っ暗になり、世界中で俺一人だけになったような気分になった。
「俺の夢がお前の夢だったように、俺だってお前の夢が俺の夢だったよ!」
ポツリと呟いた言葉は、真っ暗なブラックホールの中に飲み込まれて消えて行った。
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