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死神が目の前に現れた理由
片桐が小さく溜め息を吐き、繭花にお茶を入れたその瞬間だった。
「ま、良いか! 考えても仕方ないしな。それに、俺が死んだからと言って悲しむ恋人がいるわけでも無いしな」
そう叫ぶと、孝明は笑い出したのだ。
「え?」
予想外の孝明の反応に片桐が驚くと
「何?」
と、孝明が不満そうな顔で片桐を見上げた。
「あ……いえ。恋人が居ないというのが、意外だったもので……」
戸惑うように呟く片桐に
「何それ? 良い年した男が、独り身でおかしいって言うのか?」
孝明が皮肉っぽく言うと
「別に、そんな事は言っておりませんけど……」
と言うと、片桐は黙ってしまった。
そんな片桐を、孝明が不思議に思って見ていると
「うるさいな~! ゆっくり寝てもいられないじゃない」
あくびをしながら、孝明の隣で寝ていた見ず知らずの女が孝明の服を着て現れた。
「あ! お前、やっと起きて来たか」
孝明が叫ぶと
「ちょっと……、誰のせいで寝不足だと思っているのよ」
と、その女が言い返して来た。
「俺のせいだって言うのかよ」
孝明が女を睨み付けて言うと、その女は目を据わらせて
「ちょっと、あんた……。夕べのことを、忘れたなんて言うんじゃないわよね?」
そう言いながら、孝明に詰め寄ってきた。
ここ数日、毎晩泥酔して帰宅している孝明には、昨夜の記憶が全く無い。
必死に空笑いをしながら
「何の事だかさっぱり」
と、両手を広げて首を傾げて誤魔化そうとすると、女は驚いた顔をして
「あきれた……。あんな事しておいて、自分は綺麗さっぱり忘れてるんだ」
そう呟くと、同意を求めるように片桐の顔を見た。
片桐もわざとらしい溜息を吐き
「無責任この上無いですね」
と呆れた顔で呟くので、カチンと来た孝明が
「あのな! 部外者は黙っていてくれないか!」
そう叫ぶと
「部外者……ですか」
と含み笑いを浮かべたのだ。
孝明を睨む見ず知らずの女と、呆れた顔をする片桐の責めるような視線にいたたまれなくなった孝明。そんな時、ちょうど無表情で孝明の方を見た繭花と目が合った。
(俺、何もしていないよな?)
と、救いを求める視線を向けた孝明に、繭花がスっ……と意味有りげに視線を逸らしたのだ。
(えぇ! 何それ? 待って! 俺、何したの? マジで記憶が無いんだけど!)
三人からの冷たい視線を浴びて、孝明は両手で頭を抱えると
「俺は夕べ、一体何をしたんだ?」
そう呟いて、がっくりと肩を落とした。
そんな孝明に、追い打ちを掛けるように
「お酒の力というのは、怖いですね……」
片桐がぽつりと呟くと
「私、もうお嫁にいけないかも……」
と、見知らぬ女が明らかに泣き真似をして呟いた。
しかし孝明は、何度考えても何も思い出せない。
むしろ、考える度に孝明の脳裏に浮かぶのは、あの日、最後に見た彼女の泣き顔だけだった。
彼女の泣き顔が離れなくて、あの日から毎晩毎晩、泥酔するまで酒に溺れて眠りに着いた。
そう、彼女を傷付けた罪悪感を忘れる為に、酒に溺れて暮らしていた。
孝明は別れた恋人を思い出していた自分にハッとなり、慌てて首を横に振ると
「俺は一体、何をしたんだ? 教えてくれ、俺は一体……きみに何をしたんだ?」
戸惑う顔で2人を見つめる孝明に
「ちょっと! 本当に忘れたの?」
と、見知らぬ女が呆れた顔をして叫んだ。
「最低ですね……」
「最低ね」
何をどう考えても、何も思い出せない孝明に軽蔑の眼差しで罵倒する片桐と見知らぬ女。
唯一、先程から涼しい顔をしてお茶を飲んでいる繭花に縋るような視線を送ると、繭花は軽蔑するような視線で孝明を見つめて顔を逸らしたのだ。
孝明はどうしたら良いのか分からず、思わず笑って誤魔化そうとした瞬間
「笑って誤魔化す……、男らしくないですね……」
と、片桐が溜め息混じりにとどめを刺して来た。そしてそれに同調するように
「ひどい! あんまりだわ~」
と、見知らぬ女が大袈裟に泣きまねを始めてしまったのだ。
「女性を泣かせるなんて……、酷い男ですね」
軽蔑の眼差しを片桐と繭花に投げられ、居た堪れなくなった孝明は
「待ってくれ! 今、思い出すから!」
そう叫んで、必死に思い出そうとする。
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