孝明の思い

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孝明の思い

 孝明には、10年以上付き合っていた彼女が居た。 出会いは二十歳の頃。 彼女はまだ学生で、孝明は小さな劇団に所属する売れない役者だった。演劇部の友達が出演しているとかで、孝明が出演していた公演を観に来ていた彼女と出会った。 明るく快活な彼女は、将来、世界を飛び回り、著名人の通訳になるのが夢だと語っていた。 キラキラと瞳を輝かせ夢を語る彼女と、役者を目指す孝明。 2人が恋に落ちるには、そんなに時間は掛からなかった。 彼女は孝明の演技が好きだと言ってくれて、売れない役者の孝明を全面的にバックアップしてくれるようになり、孝明が一人暮らしの彼女の家に転がり込むような形で、2人の同棲は始まった。 そして月日は流れ、学生から就職活動を経て有名企業に就職した彼女との収入の差は、どんどんと広がって行った。 社会人としてバリバリ働く彼女が、いつしか孝明にとっては自慢の彼女でもあり、コンプレックスになった。 それでも彼女は 「孝明は、これから絶対に売れるから!」 そう言って、笑って応援してくれた。 決して孝明を貶す事無く、チケットを会社の人に買ってもらったり、劇団の受付を手伝ってくれるような人だった。 そんな生活が10年目に突入した頃だった。 孝明は彼女の会社の人に、偶然、道端で声を掛けられた。 相手は見た事もないサラリーマンで、彼女の同期だと言っていた。 彼女がチケットを捌いてくれていたので、孝明が知らなくても、向こうは自分を知っているのだとこの時に痛感したのだ。 しかし、声を掛けて来たエリート面した男は 「きみさ……恥ずかしくないの?」 と孝明を見下したように言うと 「彼女、本社勤務の話が来てるんだよ」 と続けた。 彼女の職場は外資系で、通訳が夢だった彼女の夢は、本社で働くことになっていた。 まさに夢を叶えるチャンスが来ていたなんて、孝明は聞かされて居ない。 「え?」 驚く孝明に 「なるほど……、何も聞いていないんだ」 彼女の同期は皮肉な笑みを浮かべて 「言えるわけないか。彼女におんぶに抱っこのヒモ以下の男に、本社に行くから別れてくれなんて、優しい彼女が言えるはず無いよな」 そう言われてしまったのだ。
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