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僕のおじいちゃんはアルバムを眺めるのが好きなひとだった。
僕は写真を撮られるのが好きではなかったけれど、おじいちゃんのごつくて重いカメラの前でだけはおとなしくしていた。
「どうして、おじいちゃんはそんなにカメラが好きなの?」
「おじいちゃんはね、カメラが好きなんじゃないよ。アルバムを作るのが好きなんだ。写真はいい。思い出を切り取って、より美しく見せてくれるから」
「僕はあんまり好きじゃないよ。ママ、ケータイ持って追いかけてくるんだもん」
幼稚園で何か行事があるたんび、どのママも顔の前に携帯電話をピッタリくっつけて、あれじゃ誰が誰だかわからない。どこを見たらいいのかわからなくて、不安になる。だから写真を撮られるのは好きじゃない。
「みんな思い出が欲しいんだよ。笑ってあげなさい」
「おじいちゃんも? だからそんなに写真を集めているの?」
おじいちゃんは革の表紙を撫でて笑った。
「そうだよ。みんな、おじいちゃんを忘れていっちゃうからね。ただ置いて行かれるのはつらいから、写真を撮って、思い出を残して、おじいちゃんだけは忘れないようにしてるんだよ」
「えっ、おじいちゃん、みんなから忘れられちゃうの?」
「そうだよ。ショウだってそうなる。人間はぜんぶを抱えては生きていけないもの。大人になるにしたがって、小さい頃のことは忘れてしまうのさ」
おじいちゃんの横顔は、笑顔だったけど、とても寂しそうだった。僕は口をへの字に曲げて、おじいちゃんの前に仁王立ちになった。
「僕が覚えてるよ。僕は絶対に、おじいちゃんのことを忘れない。今日のこと、ずっとずっと覚えてる!」
おじいちゃんは驚いたように目を見開いて、それから本当の笑顔になったんだ。真っ白くて硬い口髭がぐるっと囲った口を大きく開けて、陽に焼けた顔をしわくちゃにして。
それから僕はおじいちゃんにカメラの使い方を習った。でも、おじいちゃんのカメラは僕の手にはまだ大きすぎたんだ。しばらくは子ども用のオモチャのカメラをもらって、おじいちゃんの後をついて回った。
僕が一人前になった頃には、おじいちゃんは僕を置いて行ってしまった。僕は写真を撮り続けた。
おじいちゃん、僕はあの日の約束を覚えているよ。そして、おじいちゃんのアルバムはあの頃よりずっと分厚くなった。
よちよち歩きの孫の姿をカメラで追いながら思う。今度は僕が、忘れられていく思い出を繋ぎとめる番なんだ。
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