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プロローグ~10年前~
私は高い場所が苦手だ。
足元を見れば、吸い込まれそうになって、怖い。
死のうと決めた今なら怖くないかな、と思ったけど、やっぱり怖くなるのが、なんだか笑えちゃう。
まことに生命は力強く、浅ましい。
私は今、この世界からサヨナラできることに、これまで無いほどワクワクしているというのに、生存本能とでも言うべきものはしつこく恐怖を訴えてくるのだ。
「落ちるんじゃないよ。飛ぶと思えばいいんだよ」
誰も聞いていないのを良いことに、声を出して自分に話しかける。
「きっと、地面に叩きつけられる前には気を失っちゃうから、ちっとも痛くなんかないよ」
意外と効果的だ、と思った。
「きっと行く先が地獄でも、ここよりはずっと自由に息ができるよ。もし、どこにも行けないとしても…… ここだって、同じでしょ」
それに、あの女から離れられる。それだけでも、マシ。
あの女はきっと、泣くだろう。
大いに心を痛めるだろう…… いや、それよりも。
もしかしたら、しばらくは廃人同然になるかもしれない。
すごくすごく、苦しむかな。
なにしろ、あの女は自分の娘 (つまり物理的にいえば、私) を、何よりも大切にしているから。
自慢の、出来の良い可愛い娘…… あの女の宝物が今から消えると思うと、愉快で仕方ない。
下を見ずに飛ぼう。
そう決めて、助走をつけ、遠くの雲を目指して羽ばたく。
ふわり、と宙に浮いた、その瞬間。
「ざまぁ見ろ」
私は、私を苦しめてきたあの女に、万感込めて呟いた。
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