遺書

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 お母さん。  心理学的には、母性には二面性があるって、ご存知ですか。  『子供に無償の愛を与える』 聖母のような一面と 『子供を独占し、支配し、呑み込んでしまう』 という、まるで古い童話に書かれた悪い魔女のような一面…… それらは表裏一体で、良い方を享受しつつ、悪い方を拒絶するような、そんな都合の良いことは、そもそも許されないのかもしれません。  だから、あなたは、私がどれほどあなたの言動によって苦しんだかを訴えても、相手にしてはくれなかったのですよね。  いろいろな言い訳をしたり、あるいは 『そんなことを今更責められる自分の方が被害者だ。うるさい、もう口を閉じろ』 と言わんばかりに、大袈裟に謝ってくれたり…… 私が求めていたのは、そういうことではなかったのですけれど。  ただ、あなたが私に為したことで、私がどれほど傷ついたか、今もどれほど辛いかを、知ってほしかっただけ。  ただ、幼い頃から、あなたが私にかけつづけた呪いを解いてほしかっただけ。  たった一言で、良かったんです。  …… 『あれは間違っていた』 という、ただ、それだけで。  けれども、もう、それを言い続けることにも疲れました。どんなに話そう、わかってもらおうとしても、通じない。  だって、あなたが見ているのはいつも 『可哀想な自分』 だけですものね。  私は産まれて以来、可哀想なあなたを癒すのには随分と役に立ったと思います。そうでしょう?  でも、どんなに私が頑張ったところで、あなたの持つ空白はあなたにしか埋められない。なのに、あなたはそれを知らず、『産んで育てた当然の権利』 として、求めるだけ求めてくるのですから。  ここで、お母さん。あなたが思っていることを当ててみましょうか。  『全部、あなたのためだった。求めたことなんてない』 でしょう?  分かりますよ。あなたとの和解を試みた会話で、幾度となく聞いてきましたからね。  最後に言っておきますが、あなたは私のために私を育ててくれたことなんて、ありませんよね。  いつでも、あなたのためでしたよね。  そこのところ、きちんと理解しておかないと、あなたはきっと 『最愛の一人娘』 の死に対して、無駄に悩むことになるでしょう。  それもお気の毒なので、もう一度だけ、きちんと記しておきます。  あなたが私に掛け続けた呪い…… それは、ひとことで言えば 『無価値』 ってところでしょうか。(少女趣味なあなた好みに、童話っぽくしてみようと考えましたが、バカバカしくなってきてやめました)  まだ、わかりませんか?  可愛がって育てた、とおっしゃいますか?  ならば、ひとつずつ、検証していきましょう。  途中で破り捨ててくれてもいいですよ。あなたの耐性なんて、その程度ですから。
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