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「だって五時から、ユウ君と待ち合わせだから」
というのが、禎也を凍り付かせた魔法の呪文だった。
夕闇が濃くなってきた駅前。さよならをするには、冬の日暮れは早すぎる。が、呪文を唱えられたのなら、ああそう、と別れる他に道はなかった。
クラスでかわいいと評判の女子。三倉を十二月の最終登校日に誘ったら、一旦保留ののち、承諾をもらった。
女子と二人きりになるシチュエーションは、いつもなら選択しない。が、鞄の中にあった臨時収入が、背中を押した。
日の昇りきらない薄暗い室内で、ダイニングテーブルに置かれた三枚のお札とメモ書き。起き抜けの頭では文字をうまく追えなかった。お金だけを掴んで押し込んでから登校したおかげだ。
買い食い、ゲーセン。昼もなかったので、ファミレスのセットメニューを奢った。
楽しい時間はあっという間だった――禎也だけは。そういう事だった。
「んだよ、それ」
人ごみに紛れた背中が見えなくなってから呟いた、自分の冴えないセリフ。独り言に、ほう、と合いの手が入って、驚いた。
「なっ……一色!?」
五歩離れた場所に、知った顔――名取一色がいた。紺のハーフコート、黒ぶちセルフレームの眼鏡、すらりと伸びる白のジーンズ。短い髪は、こげ茶よりもやや薄く、これは地毛だと前に話していた。
クラスは別だが、向こうの顔が広く、禎也の教室にもよく来ていたので、感覚としてはクラスメイトだ。そういえば、ここ最近は見かけなかったな、と思うほど、いつも顔を合わせていた。
別れ際らしく、視線はすぐに外れて、見覚えのある女子数人と言葉を交わし始めた。雰囲気はひそやか、というか、内緒話のそれだ。
一色が肩をすくめる。何か言う相手をなだめて、手を振った。
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