白浜海水浴場

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「お腹、空きません?」 宮下に揺り動かされて、生田は目を覚ました。 小一時間も眠ってしまっただろうか。 目が覚めると同時に胃袋も活動を始めたようで、急に刺すような空腹感に襲われた。 そう言われてみると、朝食もまだ摂っていなかった。 「そうだね。少し早いけど、もうお昼にしちゃおうか」 「やったぁ、鶏の唐揚げだぁ」 生田が買ってきた缶ビールは、いつの間にか二本とも空になっていて、両手を高く挙げてバンザイの恰好をしている宮下は、少し酔っているように見えた。 「パラソルのおじさん」に教えてもらった通り、国道を真っ直ぐ北に行くと、その店「なぎさ」はすぐに見つかった。 オープンテラスになった店先には、国道に面してクルマ三台分の駐車スペースがあり、その脇では、ドラム缶を縦に半分にしたカタチのバーベキューグリルで、Tシャツに短パン姿の日によく焼けた男が、タバコを片手にトングを使って、味付けされた鶏のモモ肉を焼いている。 おそらく彼が「パラソルのおじさん」が言っていた「プロサーファーのオーナー」だろう。日に焼けた健康的な肌と無駄の無い筋肉の付き方は、まさしくアスリートのそれだ。しかし年令はとうに五十を過ぎているように見える。プロサーファーの肩書きには「元」がつくのかもしれない。 香ばしい匂いが店の前を走る国道まで溢れている。 「うわぁ、美味しそう」 宮下が興味津々といった様子で、バーベキューグリルを覗き込むと、 「ジャークチキンって言うんだよ」 と、元プロサーファーがタバコの煙に目を細めながら教えてくれた。 「ジャークチキン?」 「ジャマイカの郷土料理でね、スパイシーで美味しいよ」 「辛くありません?」 宮下は猫舌な上に辛いものが苦手だ。 「たいして辛くないよ。ウチの看板メニューだから、是非食べていって」 「はい、じゃあわたし、これを頼みます」 宮下はまるで子どものように人懐こくて、誰に対しても素直だ。 鶏の唐揚げは、ジャークチキンに変更のようである。 そのまま店に入ると、白を基調にした店内の壁には、オーナーの現役時代のものだろう、使い込まれたサーフボードが数枚掛かっていて、それ以外にも新品のサーフボードが何枚か、プラスチック製のプライスタグが付いて置かれている。 店の奥は調理場になっていて、白いカウンターで仕切られており、そのカウンターは配膳台とレジを兼ねていて、中ではオーナーの奥様だろう、快活な雰囲気の中年女性が店を切り盛りしている。 カウンター横の壁には五〇インチのモニターが据え付けられていて、海外のサーフィン大会の様子が流れている。 宮下はオーナーお勧めのジャークチキンのランチプレート、生田はパラソルおじさんの勧めてくれた通り、鶏の唐揚げのランチセットを注文して、飲み物に宮下は生ビール、生田はグアバジュースを頼んだ。 案の定、お店の女の子がそれを運んでくると、生田の前に生ビール、宮下の前にグアバジュースを置いた。 鶏のから揚げは、パラソルのおじさんが言った通り「ムチャクチャ」美味しかった。そして、驚くべきことに、オーナー自慢のジャークチキンは、それ以上に美味しかった。 「食事が終わったら、他のビーチにも行ってみません?」 ナイフで切り分けたジャークチキンをフォークで口に運びながら、宮下がそう提案してきた。 「さっきのひとたちが教えてくれたんですけど、大浜っていうビーチの先に、田牛っていうサンドスキーが出来るところがあるらしいんですよ」 「サンドスキー?」 「砂のスキー場です。もちろんスキー板じゃなくてソリで滑るらしいんですけど」 「面白そうだね」 先ほどの三人組からの情報というのが、なんとなく気に入らないが、そろそろ海水浴にも飽きてきた頃合いだったので、生田も宮下のその提案にすんなりと合意した。
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