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帰りはふたりとも散々遊んで疲れてはいたが、下り坂が多く、更に一旦辿って来た道というのもあって、歩くのはそれほど苦にはならなかった。
余程楽しかったのだろう。宮下は鼻歌交じりに先を行く。
「前に満員電車で、わたしの後ろに男のひとが立っていたんですけど・・・」
前を歩く宮下が、後ろを振り向かないまま話しを始めた。
「なんか硬いものがずっとお尻に当たっているんですよ。雨の日だったんで、わたし、それをずっと傘の柄かな?って思っていたんです」
なんだか話しがヘンな方向に行っている気がする。
「でも、あんまり当たるから、振り返って見たら」
「見たら?」
「違ったんですぅ」
「わたし、もうびっくりしちゃってぇ。あはは」
笑えない・・・
「あはは・・・」
笑おうとしたが、上手く笑えない。
そもそも笑っていい立場なのか、判らない。
前を歩く宮下は楽しそうに笑っているが、つまり、これはさっきのサンドスキー場での生田の行為そのものだ。
やはり、宮下は気づいていたのだ。
どういう積もりで今この話しを宮下が始めたのか、その真意を推し量ることは出来ないが、満員電車内での痴漢に喩えられたのだ。好意的に受け止められたとは、到底考えられない。
そこに故意は無かったとしても、いや実際、何の意図も無かったのだが、結果として満員電車内の痴漢と同じ行為を働いたことになる。弁明の余地は無い。
もしかしたら満員電車の男も、周りの群衆に押されて、止むに止むなくの事故だったのかもしれない。
しかしアレが硬直していた、という事実がある以上、そこに劣情があったと認めざるを得ないのである。
「以後、気をつけます」
弱々しくそう呟くのが精一杯だった。
その声が耳に届いたのか、そうでないのか、宮下は一向に歩を緩める様子もなく、鼻歌を歌いながら、前を歩いて行く。
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