夏の始まり

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 果たして待ち合わせのコンビニに現れたのは、宮下ひとりきりだった。 眩いばかりのLED照明をバックに黄色のワンピース、深夜だというのに鍔の大きな麦わら帽子という出で立ちで、二泊三日の旅行にしてはやや小振りなトートバッグを肩に提げ、しきりに携帯を弄っている。  目の前に横付けされたブルーのヴィッツの運転席に生田の姿を認めると、弾む足取りでクルマに駆け寄り、 「よろしくお願いしまーす」 と躊躇いなく助手席に乗り込んできた。 「荷物、後ろに置いちゃっていいですか?」 生田の返事も待たずに、身を捩って麦わら帽子とトートバッグを後部座席に放り込む。 「さっきまで脇坂さんと近くのお店で飲んでいたんですよ」 軽くアルコールの匂いをさせながら、言い訳のように、 「一度家に帰ると、時間が無くなっちゃうんで」と続ける。 予め会社のロッカーに荷物を置いておいたらしい。  脇坂は、宮下が会社で一番仲良くしている女子社員で、と言っても年令は生田より三つ上の四十二歳、生え抜きのベテラン社員で、社内では下手な役付きより余程意見が通る。勿論、生田などはまるで歯が立たない。宮下とも飲み友達というよりは、娘と保護者のような関係で、保護者らしく、飲み会というと宮下に付いてきては、ときに男の品定めをし、またある時は宮下の軽率を諭し、あるいは朝まで一緒に延々と飲み続ける。まさに宮下にとっては「仲の良い母親か、あるいは年の離れたお姉さん」のような存在である。 宮下もそういう脇坂を「姉さん」と呼んで慕っていた。  今回の旅行にも当然一緒に来るものと思っていたので、 「さっき別れました」という宮下のひと言は、生田には意外だった。 念のため「他のひとたちは?」と宮下に訊ねると、 「他のひとたちって誰ですか?」と逆に訊き返されてしまった。 「え? ふたりだけなの?」 「わたし、他に誰か来るなんて言いましたっけ?」 言われてみれば、宮下はそれについて明言をしていない。  大方、他の面々は現地か宿で合流することになっているのだろう。 他のクルマで来るということは、当然、何人か男も含まれている筈だ。 まぁ、始めからそれを承知の上での運転手役である。文句は言うまい。 「足の爪にもマニキュアするんだね」 ミュールを脱いで助手席で体育座りをしている宮下の、シートに載せた足の爪が、桜貝のような淡いピンク色に塗られている。 「これ、ペディキュアっていうんですよ」 女子というのは、足の爪先まで抜かりないものなのだ。せめて爪くらい切ってくればよかった、と生田は少しだけ自身の無頓着を悔いた。 ふと見ると黄色いワンピースの短い裾から青い生地が覗いている。 「あの、パンツ見えてるよ」 出来る限り冷静を装って指摘すると 「あぁ、大丈夫です。これ水着ですから」 そう言って、宮下は体育座りのまま、一向にそれを隠す気配がない。 そういう問題なのだろうか? 生田にはよく理解出来なかったが、結局は生田が目を逸らすしかなかった。 「スロウイン、スロウイン、ファストアウト」 ヘッドライトの灯りが闇に白く浮かんだガードレールを、ソフトクリームのようにペロリ、ペロリと舐めとってゆく。
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