白浜海水浴場

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コンビニの店内は多くの若者たちでごった返していた。 通路という通路が人で埋め尽くされていて、トイレには長蛇の列が出来ている。 銘々が水着やTシャツに短パンといった軽装で、海水浴客に荒らされた棚を漁っている。 アリの巣が土の中で縦ではなく横に拡がっていたなら、こんな景色になるのではないか? 生田は働きアリの心持ちで通路を進んで行く。 浮き輪やサンオイル、水着まで販売している店内は、さながら現代版「海の家」と化していて、すでにおにぎりやサンドウィッチ、パンや総菜の棚は商品が品薄になってきている。 飲料水のコーナーも、スポーツドリンクを中心に欠品が目立つ。 夏のこの時期だけの体制だろう、四台あるレジは全て二人態勢になっており、夫々に電子レンジが一台ずつ用意されている。 生田は五〇〇㎖入りペットボトルのスポーツドリンクを二本と、同じく五〇〇㎖入りの缶ビールを二本、それにアイスブロックを一袋と、つまみになるような物を二.三選んで買い物カゴに入れてレジに並んだ。 並んだ列の前では、大学生らしきカップルが手を繋いで順番待ちをしている。 彼氏はイマドキの若者らしく、スラっとしていて顔も小さい。紺色の海水パンツに白のフード付きジップパーカーを羽織っている。身長こそ生田よりずっと高く見えるが、筋肉の無い薄い体型は、横から見ると生田の半分ほどしかなく、どうにも頼りない。 それでも今どきはこういう男の子がモテるのだろう。生田にしたら、まるで違う人種を見る思いである。 女の子の方はぽっちゃり体型と言えなくもないが、幼い顔立ちに似合わずグラマラスな体つきをしている。上下白のビキニが、生田にはまるで下着のように見える。いや、もはや下着同然である。生田のような中年男が三秒も凝視しようものなら、忽ち痴漢と騒がれて警察に突き出されそうである。 甲に大きな花があしらってある踵の高いサンダルからは、ペディキュアが赤く塗られた爪先が覗いている。 皆、同じ格好をしていると言ってしまえばそれまでだが、見慣れたコンビニの日常の風景に下着姿同然の女の子がいる、という非日常に、生田は改めて夏の開放感を感じた。 「アチチチチチ・・・」 足を一歩踏み出す度に、日に焼けた砂がビーチサンダルの隙間から入り込み、火傷しそうになるのを必死に堪えながら、コンビニで買った荷物を抱えて目印のパラソルに向かうと、宮下の周りに見知らぬ男たちがいた。 サマーベッドの上で膝を両腕で抱えて座る宮下の前にひとり、両脇にひとりずつ、合わせて三人の男たちが宮下を囲むようにして座っている。いずれも二十代半ばに見える。 いつものように宮下は楽しそうな様子で男たちと談笑している。またナンパだろうか? コンビニの袋を提げた生田が戻ると、意外にも宮下の正面に座っていた赤い海水パンツの男が「お帰りなさい」と元気よく挨拶をしてきた。咄嗟に生田も「ただいま」と反応をしてしまう。宮下も気づいて「お帰りなさぁい」と呑気に生田の方を振り向いた。 尚も不思議そうにしている生田に 「この近くのレストラン?」 いっかいレストランのところで首を傾げて、自問するような仕草をしてから、 「で、デリバリーをしているんですって」 と説明をする。 「カレーにチョリソー、ガパオにナシゴレン、ビールやジュースもありますよ」 やはり赤い海水パンツの男が続けて、下敷きのようなメニューを差し出してきた。 メニューには赤パンが言った料理が写真付きで載っていて、意外にもどれも手頃な値段で、何より美味しそうだ。 注文してもいいような気持ちになっていると 「でも、お昼はさっきのパラソルのおじさんに教えていただいたお店に行くんですよね」 生田の優柔不断を熟知している宮下に、すんでのところで諫められて我に返った。 「ごめん、ランチはもう決まっているんだ」 赤パンにメニューを戻すと、 「そうっスかぁ、じゃあまたよろしくお願いしまーす」 そう言って、男たちは意外にもあっさりと退散していった。 「はい、ビール」 宮下に五〇〇㎖入りの缶ビールを差し出す。 宮下は「わぁーい」と両手を伸ばしてそれを受け取ると、 「生田主任も一口飲みますか?」 と、細い指先でプルトップを開けながら訊いてきた。 「いや、自分のものがあるから」 生田はコンビニの袋からペットボトル入りのスポーツドリンクを一本出して、残りの缶ビールとスポーツドリンクをアイスブロックごとコンビニの袋に入れたまま、やはりドン・キホーテで購入した折り畳み式のクーラーボックスに放り込んだ。 宮下が横で喉を鳴らして缶ビールを飲んでいる。生田もスポーツドリンクをペットボトルのまま一気に喉に流し込んだ。 いつの間にかビーチは大勢の海水浴客で混雑していた。 穏やかな夏の一日だった。 サマーベッドに横になって、パラソルの日陰から外の景色をぼんやりと眺めていると、まるで暗い客席から映画のスクリーンを観るかのように、外の世界が遠くに感じて、窮屈で慌ただしい毎日が、すうーっと遠く霞んでゆく。 海から吹いてくる柔らかな風が草原を渡る風のように、火照ったカラダを優しく撫でてゆく。 波打ち際で水遊びに興じる子どもたちの声は、鳥の囀りのように高い空に吸い込まれてゆく。 規則正しく繰り返す波の音を子守唄にして、生田は心地よい微睡に堕ちていった。
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