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お日様色の笑顔
「笑子さん、だし巻き卵が終わったら、上がっていいわよ」
「はい。ありがとうございます」
淡い桃色の壁に、西日が差す。50人分の夕食の準備を5人でこなす。建設会社の独身者用の社員寮で賄いの職を得たのは、スーパーで出会った老婦人の口利きだ。ぎっくり腰の彼女に付き添って病院に行き、夫が駆けつけるまでの間、行き掛かりで身の上話をしてしまった。彼女の夫は、この会社の会長だった。
あれよあれよという間に、会長の指示でアパートは引き払われ、私は住み込みの職に就いた。朝と夕、寮の食堂で賄いを作り、終業後は会長宅の一室に帰る。昼間は老夫婦の話し相手をしたり、夫人の買い物のお供をする。
早くに両親を亡くした私には、出来なかった親孝行をさせてもらっている気分で有難い。そして、何よりも嬉しいのは、私の料理で社員の皆さんが笑顔になってくれること。
「笑ちゃーん、今夜、だし巻きある?」
早くに現場から戻った辻井君が、ヒョイと入口から、日焼けした顔を覗かせる。
「お帰りなさい! ありますよー」
「やった、ラッキー!」
パタパタと走り去る姿を見て、私も笑顔をもらう。息子が――優貴が生きていたら、丁度、彼くらいの歳だろう。
卵を3つ、ボウルの中で泡立てず、白身を切るように溶いて。
顆粒だしを溶いた水と醤油と砂糖、お好みで塩を少々。卵に加えて、よく混ぜて。卵液は3回、ザルでこす。
火力は中~強火。鉄板全体を温めて、サラダ油を塗って。
ジューッ……!
ほら、いい匂いが厨房に広がる。
祖母から母へ。更に私へ。受け継いだお日様色のだし巻き卵は、私を笑顔に、そして、周りのみんなを笑顔にしてくれる。
【了】
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