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空色のノートを閉じて、手を合わせる。
チーーン
お鈴特有の細く澄んだ音色が尾を引く。仏壇代わりの黒い扉付の一段棚の中には、窮屈そうに位牌が4つ並ぶ。元は増設用に作られた食器棚の一部だったに違いない。本体の食器棚とはぐれてリサイクルショップに並んでいたのを、破格の値段で手に入れた。飾り彫りもなく、合板を組み合わせただけのシンプルな作り。黒い色は、もちろん漆塗りではない。安物の塗料にニスを上塗りしている。銀色の小さく丸い取っ手が付いた扉は、上手い具合に観音開きで、これが購入の決め手になった。本来の用途から離れた、余りにも粗末な終の棲家。故人には申し訳ない気もするが、これが今の私に用意できる精一杯だ。あちらに居る彼らにも、そのくらいは分かっている筈。愚痴や小言は、再会したら幾らでも聞く覚悟は出来ている。
「行って来ます」
オレンジ色のリュックを背負って、立ち上がる。生活の全てを過ごす六畳一間のワンルーム。辛うじてユニット式のバスルームが付いている。唯一の窓は北向き。差し込む日照は少ないが、日のある時間にこの部屋で過ごすことなど皆無だから問題ない。
返事のない部屋を後にして、鍵を掛ける。スーパーのビニール袋をずらして、スポンジのはみ出したサドルに跨がる。力を込めてペダルを漕げば、錆びて歪んだシャフトのあちこちからヒィヒィと諦めに似た悲鳴が上がる。
暮れゆく街を、繁華街へ進む。商店街から家路を急ぐ、何組もの親子連れとすれ違いながら、独り深い夜に向かって走って行った。
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