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解雇通告
「笑子さん、ちょっと」
細身の黒いスーツ姿の店長に呼ばれて、事務所に入る。30代半ばの雇われ店長は、似合わない事務机に頬杖を付いて、茶髪を掻き上げた。
「悪いんだけど、今月までってことで……頼むわ」
「えっ。どういうことですか」
「ウチもね、不景気でしょ。社長がね、人員削減しろって言って来たのよ。そしたらさぁ、女の子切る訳にはいかないじゃん」
タメ口でクビを言い渡すこの男は、私より10は年下だ。店の若い女の子にはニヤけた作り笑いでヘラヘラするくせに、オバサンの私には容赦ない。
「今月って、後1週間しかありませんよね。なんとか来月まで……次の仕事を探すので、待ってもらえませんか」
「いや、無理っしょ。俺もさ、冴木さんの紹介だから預かってた訳だし」
冴木は、この繁華街を仕切っている黒い組織の一員だ。この店に勤める前、高時給に引かれてスナックの求人に応募した。年増の私は、接客ではなく裏方の皿洗いに採用されたが、程なくこの店の裏方――皿洗いから雑用まで――に回された。あれから3年になる。
「テンチョー! 鹿山のタコ社長、お触りしつこいんだけどぉー」
派手なピンクのドレスを着たクリーム色の巻き毛の女の子が、いきなり事務所のドアを開けて深刻な会話の腰を砕いた。この店には、ノックなんかするような、お行儀の良い子は誰もいないのだけれど。
「あぁ? 客なんて諭吉だと思え、つってんだろ。ガマンしろよ、減りゃしねぇんだし」
「チッ。使えねー。あれ、えみちゃん、どしたの? 皿でも割ったぁ?」
彼女は、グロスでツヤツヤの唇を大きく開けてゲラゲラ笑う。
「いえ、そうじゃなくて」
「辞めてもらうんだわ。フケーキなんでな」
「店長っ」
まだ交渉中なのに。決定済み発言に焦る。
「えー、アタシ、えみちゃんの卵焼き好きだったんだけどなぁ。残念ー」
酒臭い息を吐きながら、私の肩をポンポンと叩くが、なんの慰めにもならない。
「レイナぁ、指名!」
「オラ、早く行け!」
「あーい。じゃーね、えみちゃん」
呼びに来た黒服に腕を掴まれて、バタバタと彼女は退室した。
「あの、店長っ」
「はい、終わりぃ。グダグダ言っても変わらねぇから」
追い払うようにヒラヒラと片手を振って、彼はスマホを弄りだした。これ以上食い下がっても、口より手が出るに違いない。コイツは、そういう類の人間だ。
震える手を握り締め、小さく会釈して事務所を出た。持ち場の洗い場に戻ると、汚れたグラスが山盛りになっていた。溜め息を吐いて、スポンジを手に取った。
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