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笑子
両親は、私を愛してくれた。物心付いたときから共働きだったけれど、1年に1度は父の運転する車に乗って、家族旅行に連れて行ってくれた。決して豊かな暮らしではなかったから、旅行の時はいつも、お重に詰めた手作り弁当を持って出掛けた。
『笑ちゃんは、小さな太陽。貴女の笑顔は、周りを温かくする。そして、周りのみんなを笑顔にするの』
辛いこと、悲しいことがあると、母はこう言って私を胸に抱き、背中を撫でてくれた。お友達がみんな持っている人形を、私だけが持てずに泣いた時。みんなが観に行ったアニメ映画を、観られずに興行が終わった時。誘ってもらった隣町のプールに行けなかった時。新しいワンピースが欲しいと手紙に書いたのに、サンタクロースが中古の図鑑を置いていった時――。
私は、よく泣く子どもだったかもしれない。それでも母に叱られた記憶はない。優しく宥めて、それから夕食に1皿増やしてくれた。ふっくら厚く柔らかい、だし巻き卵だ。洋食のように華やかではなく、中華のように力強くもなく、和食が持つ素朴で飾らない、ほっこり円やかな――それでいて細やかな愛情が染みた一品。私は、母の作る、お日様色しただし巻き卵が大好きだった。
この味は、祖母から受け継いだ味なのだそうだ。17歳なった秋、初めて私が作っただし巻き卵を入れたお重を持って、家族旅行に出掛けた。郊外に出来た I C から高速道路に乗って、隣県の行楽地に紅葉を観に行く予定だった。朝早く家を出て、昼前に高速のSAに止めた車内でお弁当を食べて。あと3つ先のICで高速を降りるという矢先、玉突き事故に巻き込まれた。両親は、私を連れて行ってくれなかった。
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