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多分ツッコミを入れないといつまででもやってるんだと思うけれど、お前、なぜカニとじゃんけんしてるのにさっきからずっとあいこなんだ。わかっててやってるにしてもわかってないでやってるにしても、いい加減そろそろやめないともうかれこれ5分はたっているわけで。
「それ楽しいの?」
まったく興味なく聞いた俺の様子に気が付かないのか、お前は至極楽しそうな声色でまたチョキを出していて。
「わかるか高橋、これが人生ってもんなんだ」
俺にはお前が酔っ払ってるってことしかわからないんだが、カニとじゃんけんして人生を語りだす奴は初めて見たからもしかしたら俺は新しい何かを発見した人類としてなんとか賞みたいなのをどこかからもらえるんじゃないかと期待しそうになってしまったんだけれど誰もカニに負け続けるこんなものを見つけても得する人はいないような気がしてうっかり我に返ってしまった。なんてこった。
「お前の人生ってカニに勝てないんだな」
「カニだけじゃないな」
「ザリガニにも勝てなそうではあるな」
「やつもなかなか強敵だな」
「エビも強そうだよな」
「お前もだんだんわかってきたようだな」
ごめん、わかんねえわ。
とりあえずお前がこのままカニと永遠にじゃんけんし続けてしまったら俺はいつまでたってもお前に構ってもらえないんでいい加減そろそろカニじゃなくて俺と遊んでもらうべく。
「なあ黒木、俺がお前にうちに伝わる秘伝の伝説の技を教えてやろうか」
言いながら俺はカニの方へ回り込んでギロリと黒木を一度睨んだ。
「秘伝、だと。高橋んちにそんなものがあったとは、聞いてないぞ」
「まぁな、今から作るからな」
「今から作るってことはつまり」
「俺が伝説ってことだ」
高橋の背景には今派手な集中線が飾られて、頭上にはビキィーンという効果音が付いたそれはそれはでかいビックリマークが登場している。そして次のページでは俺が2ページ見開きのハイパーミラクルな必殺技を繰り出す王道の流れだ。
「高橋、お前の伝説ってやつを、見せてくれ」
息を飲んだ黒木に俺は一度だけマントをひるがえし、マントは付けてないからTシャツをひるがえし、しかし短くて全然ひるがえらなかったからむしろ俺がくるっとその場で一回転してマントの代わりの動きをしてからそっと俺はカニのハサミを親指と人差し指でつまみ、そして──
「どうだ黒木、こいつの攻撃は今俺が完全に封じた、今だ、とどめはお前が頼む、さあ早く、黒木、黒木…!」
目にカッと炎を浮かべたお前は大きく腕を振り上げて、
「うをぉオオォオォオ」
大きな雄叫びと共に黒木は、
黒木は、
待ってくれ、頼む、頼むからそこは、チョキを出さないでくれ──
しかしかくしてようやく長い戦闘は終わった。
「……え、グーかなそれ、グーだった?」
「うん、グーだったな」
「……あれ、俺負けた?」
「そうだな」
「……おう。……まぁ、食うか、カニ」
「おう。食うわ」
伝説はまた次回に引き継がれる。負けるな黒木。いいか、パーだぞ。次はパーだからな。
FIN
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