青い蝶の物語

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薫の動きを目で追い、白波瀬は顔を上げた。 白波瀬と薫の皿にある食材には何の違いもない。 薫は手を伸ばしてミルを取り、残された白波瀬の玉葱にいくらかの塩をかけると、 「この玉葱は辛くも苦くもありません。 けど、こうすればほら」 (まじな)いをかけるように言って、そのうちの一切れをつまみ、自らの口に差し入れた。 その後、表面に溶けて(にじ)んだ塩分と玉葱の水分を艶やかな唇でスッと挟み取り、白波瀬に向かい流れるような動きで口元に持って行く。 「食べてみて下さい」 すると驚いたことに薫の笑みは白波瀬の口を無意識に少し開かせ、玉葱の一切れを含ませてしまった。 給仕たちは目を見張り、湯浅は高度なマジックでも見せられたかのような表情で自分までもつい口を開ける。 当の白波瀬は薫と目を合わせたまま、 何が起こっているのかもわからない、といった様子で操られるように口を動かし始めた。 白波瀬が咀嚼する様子をしばらくは微笑ましく見ていた薫は周囲からの熱い視線を感じると、はっとして振り返った。 「僕の母が昔こうして食べさせてくれたものですから。、、、つい」 その場にいた者たちとしては、薫の突飛な行動よりも、されるままになった主にこそ驚いていたのだが、薫は途端に白波瀬から離れ、 「ふ、不衛生なことをして、すみませんでした。 あの、、、手、洗ってきます」 一歩二歩と下がり、逃げるようにダイニングルームから出て行ってしまった。 しばらく静まり返った後、最初に動き出したのは給仕たちだった。 「コ、コーヒーでしたね。 すぐに淹れたてをお待ちします、、、」 「薫さまにはノンカフェインの飲み物を、、、」 「あ、デザート、デザート、、、」 急いで散り散りになり、その先々で肩を揺らしては笑いを解放し始めた。
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