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それはそれとして。
「物語を聞かせてるんだって?」
日毎磨きのかかってゆく美貌には見守る湯浅の方が満たされる思いだった。
「はい。なかなか進みませんけど」
「寝ちゃうから?」
「そうです」
開け放った窓からそよぐ風に揺らされる髪を耳に掛け直し、薫はクスクスと笑った。
「ごめんな。
調整してはいるんだけど、ここのところ重要な仕事が多くて。
どうしても帰りが遅くなってしまうんだ。
夜中に呼び出されるんだから君にしたら迷惑だってわかってるんだけど。
、、、ちゃんと休めてる?」
湯浅はキャビネットの上に衣類を積みながら訊いた。
「日中はすることもなくて休んでばかりですから、、、。身体が鈍ってきてるくらい」
少し躊躇って、
「湯浅さん、できたら明日にでも買い物に出たいんですが」
「欲しい物があるなら取り寄せるよ?」
薫は少しふっくらとし出した頬を緩めて湯浅に並び、引き出しに自分の衣類を収めてゆく。
「まだ大した仕事もしてませんが、過分な報酬を頂いたので白波瀬さんに合うオイルやクリームを揃えようかと。
、、、もちろん使いなれた物があると思うんで施術時のみの使用に留めますが、実際にお店に行って匂いとかテクスチャーを確かめてみたいんです」
───
この『報酬』という名の封筒を渡された時、
『手術費用に全額宛ててくれ』とすぐに押し返したのだが、福利厚生だとかで返済不要を貫かれてしまった。
けれど、それらが薫に気を遣わせない為の配慮であり、白波瀬の個人的な出費であるのは わかりきっているから、一旦貯めておくことにし、折を見て必ず返そうと決めた。
とはいえ、薫には未だに何の恩返しもできていないことが心苦しく、何らかの形で少しでも感謝の気持ちを示せたらと思ったのだ。
───
「そう。
じゃ、週末にでも時間を作るから一緒に」
目を細めて頷く湯浅を見上げた薫は、すぐに笑った。
「一人で大丈夫です」
湯浅も即座に首を振った。
「とんでもない。
薫君を一人で外出なんかさせられないよ」
個人的な心配も多大にあるが、そんなことをしたら、白波瀬からどんな叱責を受けるか想像に易い。
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