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「一人で買い物に出たい?」
レッグレスト付きのラウンジチェアから顔を持ち上げた白波瀬は湯浅同様、首を横に振った。
「ダメに決まってるだろ。
欲しい物があるなら湯浅に言い付けろ。
好きな店の外商を呼べばいい」
爪先のバッファー(表面を削って整える)を終え、磨きに入っていた薫は白波瀬の不機嫌を見て、
『やっぱり無理か』
とため息をついた。
湯浅や白波瀬が首を横に振るのは尤もなことで、樋口の店から逃げ出した後も警戒が必要なのは誰よりも自分が身に染みてわかっていた。
再び見つかる危険もあるし、ここに居るのがわかれば白波瀬始め、自分を守ってくれている人達を巻き込むことにもなりかねない。
とはいえ、
「体調は良いですし、監禁されていた店のことは、湯浅さんを通して国警にも通報しました」
このまま好意に慣れてしまうことのないよう、自分を律していたいのだ。
子供が生まれれば尚更だ。
二人からのサポートがなくても生活できるようにしなければ、という気持ちはずっとある。
それにはオメガである自分にとって苦難の多い外の環境と繋がり続けていないと、いざ出ようとした時には怖くなって足が竦んでしまうと感じていた。
白波瀬は目を閉じて頭をヘッドレストに戻して言った。
「国警に動きはない。
私の調べに間違いがなければ、お前を孕ませた嶽部という男は大物政治家の息子だ。
そしてあの辺り一帯を抑えてる樋口とはズブズブの関係にある。
通報程度で二人が捕まると思うなよ」
そうして薫の手の温もりから誘われる睡魔を待っていたが、しばらく考え、苦痛を剥がすように目元を歪めて静かに呟いた。
「短時間」
「え」
「午前中の短い時間、大きな店での買い物ならばリスクもないだろう。
外出はお前の精神衛生を保つ上でも必要だ。
但し一人では行かせない、湯浅は仕事があるから運転手の他にもう一人別の者を付ける」
再び顔を上げ、不承不承諾したものの、アルファにとってオメガへの独占欲を制するのは本能に抗うものであり、白波瀬はそうさせる薫を冷えた目で伺うのだが、
「ありがとうございます」
ぱっと明るくした顔を見れば、それはそれで喜びめいたものが湧き、相好を崩す前に認めるより他ない。
そして、
「アルファの中でも、私は特に支配欲と独占欲が強いらしい。
自覚はないが、それ故オメガには嫌われる傾向にある。
お前が『不快』に感じる事があれば都度私に直接言葉で伝えろ。
、、、善処する」
薫に誤解されないよう、わざわざ断りを入れる自分が不思議でならなかった。
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