10人が本棚に入れています
本棚に追加
テラス 1
「あ~あ、ほんと、掃除ってキリがないよね~」
というため息交じりの言葉が、風に乗って俺の耳に届いた。
気持ちのいい春の午後3時。
白金台のシャレたオープンテラス。
「ほんとだよ。終わった傍からまたゴミが出る」
相槌の声にもため息がほのかに混じる。
テラスに散らばるいくつかのテーブル。
そのひとつに座った俺の、背後から会話は流れていた。
振り向かなくても、匂いと気配でわかる。
ひとつは甘いバニラの香り、もうひとつは爽やかなシトラス系。
どちらもまだ若い、女の二人連れ。
話題からして、主婦友に間違いない。
しかも、ここは白金台。つまりは、シロガネーゼだ。
来たーっ!
今日の訪問販売が軒並み空振りだった俺に、神様がくれたチャンス!
俺は内ポケットからそっと手鏡を取り出し、素早く身だしなみをチェックする。
髪型よーし! ネクタイよーし! 笑顔よーし!
ついでにちらっと背後を覗くと……
うわっ!
び、美女!
バニラ系の香りの主は、栗色のソバージュ。モスグリーンのワンピが大人っぽくも愛らしい。つぶらな瞳と、ふっくらした唇は喩えるなら艶やかな薔薇。
シトラス系の香りの主は、黒髪のショートボブ。ストーンウォッシュのブルージーンズにあっさりシンプルな白いシャツ。切れ長の瞳と、高い鼻梁は喩えるなら清廉な百合。
仕事で行く?
それとも、ナンパ・モードに切り替え?
迷うっ。
迷うけれども……
やっぱ男は仕事だろっ!
最初のコメントを投稿しよう!