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ベースメント 1
私は、ふと、目覚めた。
眼を開いた。
だが、辺りは変らず、漆黒の闇であった。
「あら、やっとお目覚めね」
女の声が、闇の奥から響いた。
「ここは……どこだ……」
問う私の声は、ひどくしゃがれていた。
「ここは……そう、とある地下室よ、部長さん」
女の声が近づいて来る。コツコツという靴音と、甘いバニラの香りも近づいて来る。
尻が冷えている。
私は全裸のようだ。
堅い木の椅子に座らされている。
両手は後ろで組まされ、椅子の背に縛りつけられている。
立ち上がろうとしたがだめだ。
脚も腕も、ぴくりとも動かない。
「私は一体……」
鈍く痺れた頭で記憶を手繰る。
今日の午後は、新年度から始まる新入社員研修のカリキュラムについて、人事部教育課の課長以下と会議があったのだ。
始まったのは午後4時で……
そうだ、それで30分もしない内に、突然腹の調子が悪くなったのだ。
普段、特に緩い方でもないのに、おかしいなと思いつつ、しかし女子社員もいるし、特にコーヒーを持って来た若手の子はなかなか可愛く、ちょっとトイレにと中座するのもバツが悪い。
気もそぞろで研修計画を承認し、会議室を出た。
トイレに駆け込んだ時、なんと、5つある個室の内両端のふたつが塞がっており、その隣のふたつが清掃中だった。
たったひとつ開いた真ん中に飛び込んで、便座に座った途端に来るものが来た。
間一髪だった。
排泄の快感と間に合った安堵で、暫し陶然と目をつぶる。
尻の下から、我ながら鼻が曲がりそうな臭いが……
「くっせー」
突然、頭の上から女の声が降った。
「そりゃそうよ、この人ゴミなんですもん」
また別の声が応じた。
「け、ゴミのクソは、人一倍くせーってか」
驚いて見上げると、左右の仕切りの上から、それぞれ帽子を被った掃除のおばさん二人が顔を出し、私を覗き込んでいるではないか。
「な、なんだ、きみたちは!」
叫んだ途端、右側の女が片手を上げた。
その手に、モップ!
私が中学生の頃は、教室の床にワックスがけをさせられる時に使ったが、いまはとんと見かけない、灰色のロープのようなものがもじゃもじゃに絡みついた古くさいモップである。
それが、ものすごいスピードで、私に襲いかかって来た!
悲鳴を上げる暇もない。
モップの先のもじゃもじゃは私の顔面をすっぽり覆った。
堪らない悪臭が、私自身の排泄物から立ち上る悪臭を蹴散らし、私を包んだ。
そうだ。そしてそのまま私は、意識を失ったのだった……
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