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きぃっとドアの軋む音がした。
バタンと、重々しく閉まって、「お、やっと起きたのか」
別な女の声がした。
「うん、たったいま」
バニラの女が言った。
「やっぱり、薬、盛りすぎだったのよ、真夏」
「そっか、おかしいなぁ」
真夏と呼ばれた女の声が近づいて来る。靴音がしないのはラバーソールのスニーカーでも履いているのか。シトラス系の香りが漂う。
「美鈴が用意したのって、いつものやつ?」
「そうよ、いつものやつよ」
美鈴と呼ばれたバニラの女は答えた。
「だから真夏が量を間違えたのよ、絶対」
「ふん、弘法も筆の誤り」
「って言うか、サルも木から落ちる」
「誰がサルだよ!」
言い合いながら、二人の女は私の前に立った。暗闇に目が慣れてきたのか、その姿がぼんやりと見え始めた。
これが、あの掃除のおばさんだったのか。
いまはまったく違う服装で、若々しい体の線が窺える。とてもおばさんなどというものではない。顔も、よくは見えないが、いずれ劣らぬ美形のようだ。
好みで言えば、案外私は気の強そうなシトラス系の香りの方だが……
と、こんな状況でも、女の品定めをしてしまう自分に呆れる。
「さてと、部長」
真夏が言った。
「どうしてここへ連れて来られたか、薄々わかってるよね?」
「いや、わからない!」
私は怒鳴った。精いっぱいの威厳を込めたつもりだが、何せ全裸では格好がつかない。
「きみたちはなんでこんな真似を!」
「まあ、部長さん、おとぼけ作戦なのぉ?」
甘ったるい声で美鈴が言う。
「それじゃ、さっきの会議でコーヒーを出した社員のこと、覚えてない?」
なかなか可愛いと思った、あの娘のことだろうか。
確かに教育課の課員なのだから、つまりは人事部長である私の部下だ。
しかし、人事部と言っても我が社は大企業であり、相当の人数がいる。給与課、福利厚生課、人事計画課、施設管理課……教育課はそのひとつに過ぎず、末端のOL一人一人まで完全に把握はしていない。
「その顔は、覚えてないって顔だね」
真夏が決めつける。
冷たい怒りが籠っているようだ。
「ってことは、なんで彼女があんたのコーヒーに下剤を入れたかもわからないんだろ?」
「げ、下剤?」
それで急に腹の調子が悪くなったのか……
いや、仮にも我が社のような一流企業に勤める女子社員が、上司にそんなものを呑ませるはずがない。
否定と納得の間で、気持ちが揺れる。
「そうよ。それであなたはトイレに送り込まれた訳。あたしたちが掃除のおばさんに化けて待ち構えているトイレへね」
美鈴が楽しそうに説明する。
「両端の個室は仕掛けでロックしておいて、その隣はあたしたちが清掃中。だからあなたは真ん中に入るしかなかった。でしょ? でも、変だと思わなかったのかしら、普通トイレの清掃員って、一人じゃない? 二人組なんて、見たことないはずよ」
そう言われてみれば、確かに……
「そんなことに気を回す余裕、なかったのさ」
真夏がバカにしたように笑う。
「なんせ、お漏らし寸前だったんだ」
「そうよねぇ。でも、この人の部下は、ちゃんとあたしたちの指示した量を守ったから、漏らさずに済んだわ。おかげでこっちも汚いものの始末をしないでよかったのよ」
美鈴は真夏をからかうように言った。
「睡眠薬の量を間違えた誰かさんと違って、優秀な部下よねぇ」
「悪かったね、優秀じゃなくて」
真夏が口を尖らせ、それから私に言った。
「けど、そんな優秀で美人の部下を、覚えていないんだな、お前は」
「そうよ、ひどいわ」
美鈴が頷いた。
「レイプしたくせに」
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