ベースメント 2

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ベースメント 2

 きぃっとドアの軋む音がした。  バタンと、重々しく閉まって、「お、やっと起きたのか」  別な女の声がした。 「うん、たったいま」  バニラの女が言った。 「やっぱり、薬、盛りすぎだったのよ、真夏」 「そっか、おかしいなぁ」  真夏と呼ばれた女の声が近づいて来る。靴音がしないのはラバーソールのスニーカーでも履いているのか。シトラス系の香りが漂う。 「美鈴が用意したのって、いつものやつ?」 「そうよ、いつものやつよ」  美鈴と呼ばれたバニラの女は答えた。 「だから真夏が量を間違えたのよ、絶対」 「ふん、弘法も筆の誤り」 「って言うか、サルも木から落ちる」 「誰がサルだよ!」  言い合いながら、二人の女は私の前に立った。暗闇に目が慣れてきたのか、その姿がぼんやりと見え始めた。  これが、あの掃除のおばさんだったのか。  いまはまったく違う服装で、若々しい体の線が窺える。とてもおばさんなどというものではない。顔も、よくは見えないが、いずれ劣らぬ美形のようだ。  好みで言えば、案外私は気の強そうなシトラス系の香りの方だが……  と、こんな状況でも、女の品定めをしてしまう自分に呆れる。 「さてと、部長」  真夏が言った。 「どうしてここへ連れて来られたか、薄々わかってるよね?」 「いや、わからない!」  私は怒鳴った。精いっぱいの威厳を込めたつもりだが、何せ全裸では格好がつかない。 「きみたちはなんでこんな真似を!」 「まあ、部長さん、おとぼけ作戦なのぉ?」  甘ったるい声で美鈴が言う。 「それじゃ、さっきの会議でコーヒーを出した社員のこと、覚えてない?」  なかなか可愛いと思った、あの娘のことだろうか。  確かに教育課の課員なのだから、つまりは人事部長である私の部下だ。  しかし、人事部と言っても我が社は大企業であり、相当の人数がいる。給与課、福利厚生課、人事計画課、施設管理課……教育課はそのひとつに過ぎず、末端のOL一人一人まで完全に把握はしていない。 「その顔は、覚えてないって顔だね」  真夏が決めつける。  冷たい怒りが籠っているようだ。 「ってことは、なんで彼女があんたのコーヒーに下剤を入れたかもわからないんだろ?」 「げ、下剤?」  それで急に腹の調子が悪くなったのか……  いや、仮にも我が社のような一流企業に勤める女子社員が、上司にそんなものを呑ませるはずがない。  否定と納得の間で、気持ちが揺れる。 「そうよ。それであなたはトイレに送り込まれた訳。あたしたちが掃除のおばさんに化けて待ち構えているトイレへね」  美鈴が楽しそうに説明する。 「両端の個室は仕掛けでロックしておいて、その隣はあたしたちが清掃中。だからあなたは真ん中に入るしかなかった。でしょ? でも、変だと思わなかったのかしら、普通トイレの清掃員って、一人じゃない? 二人組なんて、見たことないはずよ」  そう言われてみれば、確かに…… 「そんなことに気を回す余裕、なかったのさ」  真夏がバカにしたように笑う。 「なんせ、お漏らし寸前だったんだ」 「そうよねぇ。でも、この人の部下は、ちゃんとあたしたちの指示した量を守ったから、漏らさずに済んだわ。おかげでこっちも汚いものの始末をしないでよかったのよ」  美鈴は真夏をからかうように言った。 「睡眠薬の量を間違えた誰かさんと違って、優秀な部下よねぇ」 「悪かったね、優秀じゃなくて」  真夏が口を尖らせ、それから私に言った。 「けど、そんな優秀で美人の部下を、覚えていないんだな、お前は」 「そうよ、ひどいわ」  美鈴が頷いた。 「レイプしたくせに」
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