人はそれを我儘と言う

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入学式も終わり、まだどことなくぎこちなさが残るものの、クラスメイト数人と共に寮へと戻る途中、忘れ物をした十時が学校へと戻って来た時の事だ。 人気のない校舎をてってってと小走りに進み、先程まで居た、まだ馴染みの薄い自分達の教室のドアを開けた。 その瞬間、 『ひっ、一目惚れ、だと思うっ!!付き合ってくれっ』 耳に優しくない大声が室内に響き渡り、当たり前だが扉を開けた十時にも聞こえてしまった訳で。 (え、えぇぇ…) 人様の告白シーンとやらに出くわしてしまったらしい。 何と言うタイミング。 しかも、しつこいがここは男子校。 告白した相手も男ならされる側も男なのには間違いなく、一斉に振り向いたのは、やたらと身長の高い男達数人。 それに囲まれる様形で中央にもう一人いるようだ。 (告白シーン見たのも初めてなら野郎同士ってのも始めてだ…男子校あるある?) なんて思いながら、努めて冷静に扉を閉めた。 忘れ物はもう明日でいい。 人の恋路を邪魔すると馬に蹴られるのだ。このご時世馬に出会うのも確立は低そうだが、危険分子は出来るだけ避けたい。 だが、閉めようとした扉にガっと手が掛かり、びくぅっと肩を跳ねあがらせた。 「何、何か用事があったんじゃねぇの?」 カラ…っと乾いた音と共に栗色の髪にグレーのメッシュを入れ、十時曰くお洒落上級者であろう丸眼鏡を取り入れた男がニヤリと見下ろす。 でかい…、そしてイケメン。 第一印象はそれだ。 そして少し垂れた目は自分とは正反対だな、と呑気に考えていたが、そんな事をしている場合では無いのだ。 ネクタイの色はワイン。 (上級生…二年か) 「…大丈夫、っす」 「へぇ、いいの?」 ちなみに三年生はネイビー。 十時達、今年度の一年生はキャメルだったりする。 地味だな、と思ったのは内緒だ。 学年で色分けされたネクタイを見て、咄嗟にそう返せば、相手もさらりと髪を揺らしながら首を傾げて見せる。 どちらかと言えば告白を邪魔してしまったようなもの。 すみません、くらい言わなきゃならんのはこっちだろう。 「じゃ、」 今度こそ踵を返し、来た道を戻ろうとした十時だったが、ぐぃっと引っ張られた感覚は腕から。 「え?」 思わず腕を伝ってみれば、そこにしがみ付く人物。 「あ、れ、お前河野?」 今日会ったばかりのクラスメイトながら、瞬時に脳裏に浮かんだ、十時の隣の席に座っていた、この男。 真っ黒のさらりとした髪はキューティクルが憑りついているのだと誰かが言っていたのは記憶に新しい事。 いや、だから覚えていたと言う訳ではない。 何故なら美少女かと思う位、綺麗な顔をしていたからだ。 意思の強そうなきゅっと上がった眦に、くっきりとした鼻筋。木目細かそうな肌は白く、色味の良い唇もつやつやと女子に負けてはいない。身体付きも華奢ではないが、とても細い、と言うか、薄い。 そんな隣の席の男の自己紹介中、十時は失礼だとは思ったが、こっそりと顔と制服のズボンを交互に見てしまった位だ。 ついでに言えば、花ざかりな展開?とも思ってしまった。 名前は、確か、河野… 「えーっと…河野、和沙(こうのかずさ)、だっけ?」 自分の腕にしがみ付く河野にそう声を掛ければ、教室のドアがバァンと激しい音を立て今度は全開に開かれる…が、あまりの勢いが良かったのか、反動で再び閉まっていく扉。 開けたいの、閉めたいの? それをぼんやり見詰める十時の腕に益々力を込めるのは和沙だ。
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