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理不尽が具現化された気分だ。
「いっ、てぇ…っ」
ぜぇぜぇと肩で息をする十時は額から流れる汗を手の甲で拭いながら、ついでに痛みを訴えている頬へと。
ただ拳が掠っただけなのだが、ビリビリと痛い。掠っただけでこれだけの痛み。『あれ』をまともに食らっていたら一体どうなっていた事か。
考えただけでゾッとする。
「…君、結構…はぁ…喧嘩、出来るタイプなの?」
ちらっと隣を見れば、こちらも肩で息をしながら膝をついた河野が十時を見上げた。同じ汗を流していると言うのに、河野の汗は顔面を際立てるキラキラ要素が入っているようだ。
「…なんで?」
「だって、あいつの拳、ちゃんと避けたよね?」
「完全に避けれてないから、ここ食らってんだけど」
少し赤くなった頬を指差す十時は、はぁっと息を吐き、もう一度大きく吸うと腰を伸ばした。
「つか、…一体なんだった訳?」
怒髪天に達したらしいあの金髪野郎。
嫉妬で我を忘れたのか、河野に腕を掴まれたままの十時へと勢い良く拳を下ろしてくれた。
あまりに急な事と腕を掴むクラスメイトに一瞬反応が遅れた十時だったが、何とかその馬鹿みたいに大きく重い拳をギリギリ避け…る事は出来ず頬を掠めたものの、一応空手経験者。
やってて良かった、なんてどっかで聞いたCMが脳内を流れると同時に、瞬時に体勢を整えると、河野を半ば抱える様に脱兎の勢いで走り逃げ出したのだ。
背後から何やら怒声やら叫び声、待てだのと聞こえたが、これで待つ馬鹿が居たのなら是非お会いして心境でもお伺いしたい所。
しかし、そんな事どうでもいい。
ようやっと息が整い始めた河野が深呼吸と共に暑くなったのか、ブレザーを脱ぐと近くにあったベンチへと腰を下ろした。
「僕だってよく知らないよ。寮に戻ろうとしたらいきなり数人の上級生に囲まれたかと思ったら、あの金髪が登場してきてさ。そんでこれまたいきなりの告白。で、どんなタイミングだか、あんたが来てくれた、って話だよ」
ほうほう、なるほど。
頷く十時が考えた推理とほぼ一緒である。
でも、だからと言って、
「それで何で俺とお付き合いになる話になるんだよ」
「ああ言う有難迷惑な告白を断るにはすごくオーソドックスな断り方じゃない?好きな人が居るだとか、付き合ってる人がいるだとか。まぁ、逆上して殴り掛かる馬鹿の極みだとは思わなかったけど」
つか、そんな馬鹿と付き合うとか、絶対無理ー
肩を竦めながら、そう薄ら笑う河野を前に十時の眉がじっくりと中央に寄っていく。
つまりはあの場にほいほいと阿保面して向かった自分は良い様に利用されたのだ。
(何だかなぁー)
それであの拳を受ける羽目になるとか、あり得ない。しかし、何となく腑に落ちない気分は抜けないものの、仕方ないと割り切るのが早いのも十時の特徴。
「あ、そう…じゃ、今度から気をつけてな。精々犯されたりしないようにー」
ひらりと手を振りながら、自室へ戻るべく踵を返しす。男子校ではあるあるだと噂程度聞いた事はあったが、まさか初日からお目に掛かる事になるとは。
しかも巻き込まれる形で。
(疲れた…)
若干の苛々が無いと言ったら嘘になるけれど、それを掘り返した所でどうしようもないのも事実。さっさと帰った方が得策だ。
けれど、再びがしりと掴まれた腕。
「…何?」
「何、じゃないよ。ちゃんと全うしてくれないと困るんだけど。ちゃんと最後まで責任取ってくれないと」
宜しくね、彼氏。
ーーーーーーは?
ぎゅうっと腕を回す河野に十時の眉間は今までで、新記録級の皺の深さを作り出した。
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